恋し恋しと



 慶次は自分よりも頭一つ分低い位置にある幸村の顔をじっと見つめた。努めて友好的な人好きのする笑顔を浮かべていたつもりなのだが、初対面がまずかったのか、幸村は毛を逆立てて威嚇する猫のように敵対心を露にしたまま慶次を睨みつけている。
 しかし文句を言われないことをいいことに、慶次はまじまじと己を真直ぐな視線で射抜く幸村をじっくりと観察した。
 こげ茶色のフワフワした髪の毛。ややつりあがった大きな目。きっと真一文字に結ばれた口は彼の敬愛する主や甘いものに接している時は嬉しそうに綻ぶことを知っている。鍛えられた身体つきはやや細身ながらも立派なものだし、心根も真面目で純粋だ。
 ―――返す返すも、勿体無い。
 こんなにいい男が、戦場にしか興味を持たないだなんて。恋を知らないだなんて。
 強くなりたいという気持ちは大事なものだ。そこを責める気はない。男なら誰でも持つ感情だろう。
 それと同じ位強い気持ちで恋を望むことも重要だと慶次は考えている。愛し愛され、人は成長していくものだ。恋は特別な喜びを悲しみを痛みを教えてくれる。かつて慶次にそうあったように。
 それなのに、幸村は恋をしたことがない(本人はその件について何もコメントしていないが反応を見れば誰だってわかるだろう)。ただ己の主人に尽くし、強くなることだけを考えている。
 慶次には、それが腹立たしくて仕方がない。
 ―――武田のおっさん。アンタやっぱり、間違えてるよ。
 恐らく幸村がこうある原因を作っただろう男にこっそり心の中で悪態を吐く。それを察したのかそれともただの偶然か、今までずっと黙って慶次を睨みつけていた幸村がようやく口を開いた。
 「―――慶次、殿。」
 「ん?何だい、幸村。」
 名前を呼ばれたことが嬉しくてにっこり笑って顔を覗きこむと、不審気に顔を顰められて一歩距離を置かれる。地味に傷付くんだけど、という文句を飲み込んで、慶次は幸村の言葉を待った。
 「また、城を荒らしに来られたのですか?それならばこの幸村、今度という今度は容赦しませんぞ。」
 「え?いや、違う違う違う!それはもう懲りたから!」
 先日の暴挙でまつからこっぴどく叱られた記憶は新しい。その惨劇を思い返して慶次はぶるりと震えた。
 勘弁してくれと怯える慶次の様子に嘘はないと思ったのか、幸村の険しい表情が少し緩められる。
 「それでは、今日は何を?」
 幸村の質問は尤もだ。しかし困ったことに慶次はこの問いに対する答えを持たない。
 ただ、顔が見たくなったのだ。恋を知らない幸村の顔を。
 (・・・ん?)
 そこで慶次ははたと気付いた。
 (あれそれってちょっとおかしくない?俺何で男の顔見たさにわざわざ京都から甲斐に通っちゃってんのっていうかまず顔が見たくなるってどうなのうん何この激しい動悸とか嫌な汗とか!)
 「け、慶次殿!?どうなさったのだ!?顔色が真っ青でござるが・・・!」
 様子のおかしい慶次に同情心を喚起されたのか、先ほどまで距離を取ろうとしていた幸村がその差をつめ慶次の顔を覗きこむ。そのことりと傾げられた首の角度や心配げに見つめる瞳だとかに胸の高鳴りを覚えて慶次は心底びっくりした。
 「うっわ、まじかよ・・・!」
 「は?」
 幸村に恋を知って欲しいと思っていたのに。まさかその幸村に自分が恋してしまったというのか。
 「いやでもある意味これはこれで一石二鳥か?」
 「慶次殿?一体先ほどから何を仰っておられるのか某さっぱりわからないのですが・・・。」
 納得してしまえば慶次の行動は素早い。都合よく側にある幸村の腕を掴んで逃げられないようにすると、まだ理解していない様子の顔に笑いかける。
 きょとんとした顔が可愛いと思う。自覚していなかっただけで、やはり自分はこの男が好きなのだ。
 久し振りに味わう恋の味は慶次をひどく満たされた気分にした。
 「さっきの質問の答え。見つかったよ。」
 「?」
 恋を知らぬというのなら、自分が教えてやればいい。
 「俺、アンタと恋しに来たんだ。」
 そうささやいて、慶次はそっと目の前の唇を啄ばんだ。






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送