食べてしまいたいくらい



 「あっらー・・・珍し。」
 京都から頻繁に甲斐に通い続けて早数ヶ月。目当ての主に渋い顔をされようが怒鳴られようが怒られようが武器を向けられようが、諦めずに顔を見せていたかいがあって、ようやく最近幸村の険も薄れてきてはいたが、無防備な様で眠る、という姿は初めて見た。
 縁側から見える景色は、さすが真田幸村の住居とあって見事なまでに整えられている。その庭でも見ながら、心地よい風に誘われてうっかりうたた寝してしまったのかもしれない。
 「かっわいいなぁ・・・。」
 側に腰かけて、両腕で顔をはさみ覆いかぶさるようにして顔を覗きこんでも、幸村は一向に起きる気配は無く、すやすやと眠り続けている。お互い武将であるにも関わらず、こんなに側によっても警戒されないというくらいには、いつの間にか自分の評価も上がっていたらしい。無意識に示された信頼の高さに頬が緩む。
 折角の眼福なのだし、いつまでも眺めていたいとは思うのだが、生憎季節はもう秋から冬に変わりつつある。陽もそろそろ翳り始め、風も冷たくなってきた。いくら幸村が鍛えているとは言っても、このままにしておけば、遅かれ早かれ風邪を引いてしまうだろう。
 穏やかな空気を壊すのは惜しかったが、寝込んで会えなくなるのは更に困るので、慶次は幸村を起こそうと肩に手をかける。
 「幸。幸村。こんなところで寝てると風邪引くぜ?」
 かなり強めに揺らしたが、幸村はうにゃむにゃと意味のない呻き声を上げるだけで、一向に起きる気配はない。こういうときにすぐにでも幸村の世話を焼きそうな忍びは任務にでも向かっているのか、姿を見せることはなかった。
 仕方ない。
 「後で怒るだろうけど・・・ま、役得といえば役得か。」
 背中と膝裏に腕を差し入れ、そのまま幸村の身体を持ち上げる。すっかり力の抜けきった身体は寝ていたせいかほかほかと温かく、そして思っていたよりも軽かった。
 このまま奥の部屋に連れて行って、布団に寝かせてやろう。何度も通っていただけあって、家の間取りも大体覚えているし、布団がしまわれていそうな位置も検討はつく。
 「―――ぅ、む?」
 出来る限り揺れないよう、大事に大事に幸村の身体を運ぼうとしたのだが、数歩も行かぬうちに小さく声が漏れたかと思うと、長い睫の間からこげ茶色の瞳が覗いた。
 やばい早速殴られちゃうかも・・・などと冷や汗を垂らしている慶次の腕の中で、幸村の目が動く。しかしまだ目が覚めきっていないのか、どこか焦点の合わないぼんやりとした瞳だ。
 そうして慶次の顔を捉えると。
 「・・・あったかいでござる・・・。」
 余程寝ぼけていたのか。慶次の肩辺りに頬を摺り寄せ、幸村は再び目を閉じて健やかな寝息を立て始めた。
 「・・・・・・っ!!」
 驚いたのは慶次である。ただでさえ寝顔を見、ついでに抱っこまで出来て舞い上がっているというのに、こんな甘えたような仕草まで見られるなんて。
 きっと真っ赤になっているであろう顔を自覚しつつ、慶次の頭の中には一つの葛藤が生まれる。当初の予定通り、幸村を寝床へ連れて行くか―――それとも京都に持って帰ってしまうか。
 「反則だろ・・・!」
 ああ、本当にもう己の想い人と来たら。いっそこのまま食べてしまいたいくらいに可愛らしい。





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