24時間いつでもおいで
「あたたかい5題」(リライト



※現代パラレル






 水底からふと引き上げられるような感覚。既にレム睡眠とノンレム睡眠を繰り返していた頭は、無理矢理起こされたことでまともに活動しようという意志が見られなかったが、元親は本能的にベッドから起き上がり、ふらふらと玄関へ近付いていった。
 起きる前に薄ら聞こえた音は、インターフォンの筈だ。もしかしたら気のせい、或は寝ぼけただけかもしれないが、確かめるに越したことはない。
 惰性的に鍵を捻り、やや錆付いて嫌な音が響くドアを開ける。やはりそこには人影があった。こんな非常識な時間に訪ねてくるとしたら、夜遊びが過ぎる隻眼の後輩かはたまた人の迷惑など考えない倣岸不遜な幼馴染か―――などと考えていた元親の予想を裏切って、薄い明かりに照らされたのは目を丸くして突っ立っている幸村の姿。
 正直、驚いた。
 時刻は既に午前二時、は確実に過ぎているはずである。少なくとも自分がベッドに入ったのはそのくらいの時間だった。そんな遅い時間に母親の如く過保護な同居人を持つ幸村が外を出歩くのは非常に珍しい。何かあったのだろうか―――。
 半ば閉じかけている目と一向に回転しようとしない頭でどうにかそこまで状況判断した元親の耳に、幸村の慌てたような声が届く。
 「も、申し訳ござらん!お休みになっていた最中に・・・!某、その・・・。」
 「ゆき、むら?」
 可哀想に思うほど慌てている幸村の名前をぼんやり呼ぶと、びくりと身体が揺れて顔を俯かせた。
 「・・・・・・る。」
 「あん?」
 「帰り、まする。・・・お邪魔いたしました。」
 いつも溌剌とした少年にしては珍しい程の元気のない声で告げられた言葉に、思わず元親は腕を伸ばして幸村の首をがっちりと捕まえる。既に幸村は身体を反転させて一歩踏み出そうとしていたのだから、危機一髪で引き止めることに成功したといえるだろう。
 何だかよくわからないが幸村が変だ。遅くまで起きていられないお子様体質の癖にこんな時間に元親のもとを訪れ、来たばっかりなのに帰ると言う。おまけに元気もない。変すぎる。
 相も変わらず霞みがかった頭でそれだけを考えながら、しかし幸村の身体だけは離さぬよう腕に力は込めて、ずるずると部屋の中に引きずり込んでいく。何せ季節は冬。あのまま玄関を開け放っていてはお互い風邪を引きかねない。
 どうしよう、という考えがあったわけではなかった。ただ、幸村をこんな顔のまま帰すわけにはいかないという、その意識だけで身体を動かす。
 「あの、元親殿!靴が・・・!」
 土足のまま部屋に上がるのは申し訳ないと喚く幸村の声は無視して、リビングを通り、寝室のドアを開け、押し倒すようにして二人ベッドの上に倒れこんだ。
 突然の状況に慌て暴れている幸村とそれを押さえ込む自分の身体に、片手で器用に毛布と布団を被せ、ぎゅっとその身体を抱きこむ。先程まで包まっていた元親の体温の名残と、何より側にある自分以外の体温は、冷えてしまった身体を温め穏やかな気持ちになった。幸村にもそうであればいいと思う。
 「幸。」
 できるだけ優しく耳元で名前を呼んでやれば、途端に腕の中の身体から力が抜けた。
 「俺は、眠い。」
 「も、申し訳ありませぬ・・・!」
 本日何度目かの謝罪に苦笑し、責めているわけではないことが伝わるよう細い身体をあやすようにたたく。
 真夜中だろうが明け方だろうが、いつだって、自分に会いにきてくれたって構わない。それだけ自分を頼って甘えてくれているのだとしたら、嬉しい。話したいことがあるのなら聞いてやりたいしこの腕を必要としてくれるのならいつだって貸してやりたいしそれが少しでも幸村の心を慰めるのならこれ以上に喜ばしいことはない。
 しかし如何せん、ここ最近仕事が立て込んでいた元親は連日殆ど徹夜のような状況に陥っていたため、ようやくひと段落ついたこの身体は何よりも睡眠を欲している。肝心なときに役に立たない自分が恨めしかった。
 「・・・悪いが、起きてられそうにねぇ。何かあるんなら・・・明日聞く、から。」
 「元親殿。」
 「だから、今は・・・一緒に寝てくれ。」
 もとより半分寝ているような状態だった元親は、布団と幸村の身体の温かさに意識を手放す寸前である。しかしそれでも、幸村がハイと答える声を、それも今日聞いた中では一番嬉しそうな声を、確かに耳にした。
 ああ、明日はとことん付き合ってやろう。そう誓いを立てて、元親は幸村の髪に鼻先を埋めそっと目を閉じた。





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