冷えた指を舐めて、
「あたたかい5題」(リライト



 溜息と共に部屋を出て、政宗は外気の冷たさに顔を顰めた。
 夏が終われば秋と呼べる期間は少なく、奥州はすぐに寒くなる。できることなら冷たい風が吹き荒ぶことのない部屋の中でぬくぬくと穏便に過ごしていたいが―――ついさっきこの部屋から逆上して飛び出していった己の恋人のことを思うとそういうわけにもいかなかった。
 (Shit・・・俺にここまでさせるなんてアンタくらいなもんだぜ。)
 勝手に出て行った相手を態々追いかけるだなんて、政宗のことをよく知る人間が聞いたらきっと驚くに違いない。
 まあどのみち、勝手のわからぬ屋敷の中を遠くまで移動したりはしないだろう。己をそう励ましながら、ひんやりとした廊下を歩いていく。
 案の定、探し人―――真田幸村はすぐに見つかった。
 幸村は政宗が与えた緋色の着物をきっちりと着込み、縁側に正座して庭を見ている。しかし木花を愛でているのではなく、ただ睨んだ先に庭があったから仕方なく視界に入れているといった感じだ。
 近寄らなくとも一目見れば、彼が深く怒っていることなど誰にでもわかるだろう。虎の若子と恐れられる幸村の怒気に、政宗は怯むことなくすたすたと近付いた。
 「・・・Hey, honey. そんなに睨みつけたら庭が可哀想だろ?」
 刺激しないようそっと声をかけたが、幸村はまるで政宗の声が聞こえていないかのように全く反応を返さず、ひたすらに背筋を伸ばしまっすぐに前を向いている。
 なかなかにしぶとい。
 政宗は幸村にわからぬよう、ひっそりと苦笑した。
 幸村と些細な喧嘩をするのはいつものことだ。まだ親しく付き合い始めて数ヶ月。わからないことも納得できないことも会う度に発見があり、衝突している。身体を重ねるようになったと言っても―――否、そうなったからこそ遠慮なくお互いの主張をぶつけやすくなったのかもしれない。
 まして生来の気の強さもあって、二人とも引くということをしらない。年長者の政宗が多少は譲るべきかとは思っているのだが、怒った時の幸村の目の光の強さだとか鮮やかに染まった頬の赤さだとかをこっそりと気に入っていて、ついつい煽るような真似をしてしまうのだ。
 その政宗の煽りに生真面目な幸村は毎回律儀に反応を返していたのだが、今日はいつもと違った。黙り込んだかと思えばいきなり立ち上がり、外に出て行ってしまったのである。これには政宗も少々驚いた。
 どうやら無視するということを覚えたらしい。どうせ幸村の保護者然とした忍あたりの入れ知恵だろう。
 (全く・・・余計なことを教えやがって。)
 いつまでも反応を返そうとしない幸村を気長に説得する気は最初からない。何事も実力行使を掲げている政宗は、幸村の膝の上で硬く握られていた拳を取り上げる。何度も肉刺を作っては潰したことがよく知れる、ごつごつした愛しい手だ。それに触れた瞬間、身体は少し震えたが、幸村がこちらを見る様子はない。さてその虚勢がどこまで続くものかと密かにほくそえみながら、幸村の拳に口を近づけ、軽く歯を立てた。
 「っ・・・!!」
 びくり、と身体が揺れる。反射的に払いのけられようとする腕の動きを封じて、噛んだ場所に舌を這わせれば力が入らなくなってきたらしく、ゆるゆると手が開かれた。
 視線を向ければ、ようやく政宗に視線を向けた幸村の顔が目に入る。未だ睨みつけようとしているらしいが、耳まで真っ赤な顔と潤んだ瞳では効果は如何ほどのものか。
 (それで、いい。)
 指を柔らかく食んでやりと笑う。生憎己は独占欲の塊なのだ。幸村が政宗に怒っているのなら、その感情や表情全てが政宗に向けられるべきで、庭ごときに奪われるなど不愉快極まりない。まっすぐに、ただ己だけを見ていればいい。
 冷たい外気に触れたからか、それとも緊張のためか、冷えた幸村の指をぺろりと舐めると、とうとう耐え切れなくなったらしい幸村が切実な声をあげる。
 「まっ・・・政宗、どの!!」
 「んー?」
 「離してくだされ・・・!!」
 ようやく声を聞くことができた喜びと、これから伝える己の答えを聞いた後の幸村の反応への期待に、ニヤリと性質の悪い笑みを浮かべて、のんびりと政宗は口を動かした。
 「断る。」
 幸村は赤い顔のままぽかんと間の抜けた顔を晒している。その顔に既に怒りはない。政宗は満足して再び口元の指をぺろりと舐めた。







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