小さな死神たち



※幼児化注意





<16>

 仕上げた書類を運ぶ途中、砕蜂は橙色の頭を見つけて足を止めた。それにつられ、横を歩いていた大前田もその場に止まる。
 「隊長?」
 砕蜂が移動中とは言え余所見をして、挙句足を止めるというのは珍しい。大前田は訝しげに砕蜂を見つめた。
 「・・・少し用事を思い出した。先に行っていろ。」
 「え?は・・・はい。」
 突然の砕蜂の言葉に大前田は驚きを隠せなかったが、己の上司が容赦のない人であることを身を以って知っていたので、彼に逆らうという選択肢は端から用意されていない。大人しくその命令に従い、彼は山のような書類を担いで、よろよろと廊下を歩いていった。
 大前田が去ると砕蜂は橙色の頭―――もとい、黒崎一護へと近づく。彼女が尊敬(否、もはや崇拝に近い)している夜一のお気に入りの少年には前々から興味があった。しかし、周囲の状況と時間が許さず、じっくり会話できる機会が今日まで得られていなかったのだ。ここで会えたのも何かの縁。少々話をするくらいは許されるだろう。
 彼の周りには涅の薬のせいで子どもになってしまった白哉と日番谷、それから藍染がいた。―――何故か、一護の周りをひたすら走り回りながら。
 「・・・何をしているのだ?」
 「あ、砕蜂さん。」
 砕蜂が思わず呟くと、その声に反応して一護が笑みを浮かべた。ただその笑みも力がなく、どうやら困っているように見える。
 目で促すと、一護は躊躇いながらも口を開いた。
 「実はこいつらに瞬歩を教えてくれって頼まれたんだけど・・・。どう教えて良いのかわからなくてさ。」
 聞けば、元々藍染に瞬歩を教える約束をしていたそうだ。今日一日いい子で過ごした褒美として(砕蜂にしてみれば、あの藍染が本当に"いい子"として過ごせたかということの方が興味をそそるが)。それを聞きつけた白哉と日番他にも挑戦してみたい、というのでこのような状況になったらしい。
 一護の瞬歩は、"瞬神"と謳われる夜一に教授してもらった部分もあるが、凡そは自力で覚えたようなもの。頭で考えるよりも先に身体が動いているので、それを突然教えろといわれても難しいと一護は言う。
 「しかし・・・闇雲に走らせればいいというものではないだろう?」
 「わかってるんだけど・・・。あれってこうガーッて移動すればいつの間にかできてる、みたいな・・・。」
 「・・・そう簡単にやってのけるのはお前だけだ。」
 聞けば聞くほど、一護の才能には驚かされるばかりだ。生きている人間が死神になることだけでも前例がないというのに、瞬歩や霊絡を習得し、挙句卍解まで辿りつくなんて、とても考えられないことである。それも相当な短期間で。
 しかし本人は自分がどれほど奇跡的な存在かを全く自覚していないに違いない。
 「一護、なかなかできない。」
 「どうやったらいいんだ?」
 走りつかれて、うっすら汗を額に浮かべた白哉と日番谷が一護の足元へと駆け寄ってきた。その後ろから藍染も息を切らせながら歩いてきて、一護の腰へとしがみつく。
 「惣右介?」
 「疲れました・・・全然できない。」
 拗ねたような顔つきで一護を見上げる藍染を見て、こいつも子どもの頃があったんだな、と砕蜂は妙な感心をした。というか、寧ろこれだけ癖のある子どもたちに今日一日で懐かれた一護に感心してしまう。
 驚く砕蜂をよそに、一護は藍染に見つめられ困ったように頬をかいた。
 「わりーな、どう教えていいものかわかんなくってなぁ。」
 「でも僕出来るようになりたいです。」
 「うーん・・・。」
 こんな幼い少年たちが習得できるのだったら、他の死神が苦労する筈がない。瞬歩というものは、何年も修行を重ねてからようやく会得できるものだ。しかし、一護も藍染たちも本気らしく、忌憚なく本音を言うのは憚られた。
 ふと一護が顔を上げて、砕蜂のほうを見る。
 「砕蜂さんって瞬歩得意なんだよな?」
 「夜一様には敵わぬがな。しかし私は教えぬぞ。」
 砕蜂の言葉に一護はガックリと項垂れた。やはりあてにしていたか。わかりやすい反応に、砕蜂は苦笑する。
 「すまんが私も仕事の途中だ。そろそろ戻る。」
 「ああそっか・・・。悪ぃな、引き止めて。」
 「いや。話しかけたのは私のほうからだからな。」
 一護にひらひらと手を振って、砕蜂は先に行かせた大前田の元へと向かうことにした。
 別に、急ぐことはないし瞬歩を教えることも構わない。しかし、子どもたちの様子を見ていたら気がそがれた。
 瞬歩を教えてもらうことも目的なのかもしれないが、それ以上に子どもたちはただ一護に構って欲しいだけのように見えたのだ。それを砕蜂がでしゃばったら、邪魔者になるだけである。
 相手は子どもだ。仕方ないから今日のところは譲ってやることにしよう。
 「しかし黒崎とはもう少し話がしたかったな・・・今度また機会を設けてみるか。」
 そのときは今日のように邪魔者がいなければいいが、と思いながら砕蜂は次に一護と会うときの算段を頭の中で立て始めた。






<17>

 大部屋いっぱいに敷き詰められた布団を見て、一護は溜息をついた。枕投げをしたり追いかけっこをしたりして暴れている子どもたちを止めなくてはいけないことはわかっているが、疲れを理由に少しだけ物思いに耽る。
 (マジしんどい・・・。)
 結局今日中に解毒剤が完成することはなかった。研究室に籠もった涅は休憩を取ることもなくひたすら薬を作らされたそうだが、やはり一日では時間が足りなかったらしい。九人の死神たちの姿は依然小さいままだ。
 わかってはいたが、明日もこの状況が続くと思うと少しだけ頭が痛い。
 そりゃ子どもは好きだし普段から想像できない死神たちの幼い姿を見ているのは楽しいとも思えるが、子どもの面倒を見るというのは体力を消耗する仕事だ。一日中ひたすら子どもと遊び続けた代償を身体の節々が懸命に訴えている。理吉も花太郎も同様らしく、彼らは既に端っこの布団に沈んでいた。
 つまり、子どもたちの面倒を見れる人間は、もう一護しかいない。
 これが今日最後の仕事だ。これさえ終われば寝られる。安らかな眠りの世界はもう間近。そう自分に言い聞かせながら、一護はどうにか気合を入れなおした。
 「・・・おらっ!てめえら!!もう寝る時間だぞ!!十秒数える間に布団に潜れ!!」
 いーち、にーい・・・と間延びした声でカウントを取り始めれば、素直な子どもから順に慌てて布団に潜り始める。枕を片手に遊びに熱中しているギンや恋次は一護が直々に布団に放り込んだ。
 「・・・きゅーう、じゅう!」
 テンカウントを取り終わったときにはどうにか全員布団の中にいた。上出来だ。今日一日で随分一護の言うことを聞くようになってくれたらしい。
 全員が布団にくるまれているのを確認すると、一護は明かりを落として自分も布団の中に潜り込んだ。部屋の真ん中でカウントを取っていたので、自然一護の寝る場所も部屋の真ん中である。
 柔らかい布団の感覚を肌で感じ、全身から力を抜いた。そうすればすぐにでも眠気が襲ってくる。体力を限界まで酷使し相当疲れていたので、一瞬で眠れる自信はあった。
 だが。
 「・・・何してる、お前ら。」
 腕や足に、高い体温を感じて低く唸る。無理矢理瞼をこじ開けてみれば、子どもたちが各自に割り当てられた布団を無視して、一護にくっつきながら眠ろうとしているのが見えた。狭い視界に映ったのは吉良とルキアだけだったが、話し声や気配から察するに、どうやら全員同じ考えのようだ。
 布団は間があかないよう詰めて敷いてあるので問題はないと思うが、凹凸もあるし窮屈だし、寝苦しいのではないだろうか。大体これだけの数の布団があるのに何故わざわざ自分の周りに集まらなければいけないのか。
 そう思ったが、子どもたちのやけに嬉しそうな笑顔を見て注意する気もなくなってしまう。
 (・・・まぁ、いいか。)
 こうやって全員で寝る機会なんて二度とないし。今日一日大変ではあったが、結局楽しかったし。
 眠気のせいでぼんやりとした頭ではもうそれ以上考えられない。子ども特有の高い体温が更に一護を眠りへと誘った。
 「・・・風邪・・・ひくんじゃねーぞ・・・。」
 どうにかそれだけを呟いて、一護の意識はそこで途切れた。

 おやすみなさい。よい夢を。






<18>

 朝だ。
 閉じられた瞼でも感じられる明るい光に、一護は覚醒し始めた頭で一番にそれを思った。しかし妙に身体全体が重くてなかなか瞼が持ち上がらない。
 起きなければと思う以上に、眠りたいという欲求が強かった。けれども、自分は起きなければいけないという強迫観念に近いものを感じて、一護はなかなか一度浮上した意識を手放すことができない。
 自分は起きてやらなければならないことがあった筈だ。
 確か、昨日―――
 (そうだ、あいつ等・・・!!)
 脳裏に小さくなった九人の姿がよぎって、一護は慌てて目を開けた。が、その瞬間視界に広がった光景の衝撃で固まる。

 「あら、起きたみたいね。」
 「起きたみたいですね。」
 「よー寝とったなぁ、一護ちゃん。」
 「もう少し寝ていても良かったんだよ?」
 「全員でこう見下ろしていれば安らかに眠れるはずもなかろう。」
 「そういう隊長も見てるじゃないスか・・・。」
 「貴様もだろうが。」
 「あの、大丈夫かい?黒崎君。」
 「目ぇ開けたまま寝てるのか?」

 そこには先ほど一護の脳裏によぎった九人の死神が全員揃っていた。
 ―――元の姿に戻って。
 しかも、一護を囲むような形で見下ろしながら。
 「・・・っんだこれぇぇぇぇぇえ!!?」
 思いもよらなかった状況に、一護は声を張り上げる。そのまま死神の輪から逃げてしまいたかったのだが、四方を囲まれそれもできない。
 バクバクと心臓がはね、背筋に嫌な汗が流れているのを感じた。どうにか落ち着こうと努力したが起きぬけの頭では上手くいくはずもなく、全て徒労に終わる。
 死神たちはそんな一護を、ある者は笑いながら(むかつく!)、ある者は心配しながら(優しさが身に染みる)、ある者は無表情で(一番怖い)それぞれ見つめていた。
 自分でわからないのなら誰かに説明を求めたいが、一体誰に聞けばいいのかわからない。
 そのとき。
 「あ、黒崎さん。起きられたんですね。おはようございます。」
 死神たちの壁の向こうから聞こえてきた声に、反射的に一護は腕を伸ばす。花太郎だ。胸倉を掴むと無理やり自分の傍へと引き寄せた。
 「どういうことだ!」
 ようやく言いたくて言いたくて仕方がなかったことを口に出す。あまりに間近に引き寄せすぎたせいかそれとも怒鳴ったせいか、顔を赤くした(こういう場合普通青くなるんじゃないのか?)花太郎がしどろもどろになりながらも説明を始めた。
 「え、ええと・・・実は明け方頃に即効性の解毒剤が完成して・・・。すぐに戻したほうがいいだろうってことで、総隊長直々に持ってこられたんですよ。それで子どもたち・・・その、薬を飲まされた方々にも起きてもらって、解毒剤を飲んでいただきました。黒崎さんは随分お疲れの様子だったから起こさないでおいたんですけど・・・。」
 恐らくそれは花太郎の善意だったのだろう。罪はない。罪はないがしかし疲れていようが何だろうが、自分もその場で起こしてほしかった・・・!
 がっくりと項垂れる一護の背に、更なる追い討ちがかけられる。
 「いや〜、一護ちゃんの寝顔可愛かったなぁ。」
 「ギンッたらまたそういうことを言う・・・。確かに起こすのは忍びない寝顔だったけど。」
 「余程疲れたんだね、黒崎君・・・。」
 「そりゃ疲れもするだろうな。」
 「僕らの世話を昨日一日見てくれてたんだからね。・・・しかも子どもになった、僕らを。」
 「でも昨日は楽しかったぞ一護!ね、兄様!!」
 「・・・うむ。悪くはなかった。」
 「意外に子ども好きなんだなお前。」
 「そんなこと言ったら失礼だよ阿散井君。昨日あんなに優しくしてもらったのに・・・。」
 (こいつら全部覚えてやがるのかよ・・・!!)
 カーッと一気に顔が真っ赤になる。寝ている姿をこんなに大人数で観察されていたことだけでも地に穴を掘って潜ってしまいたいくらい恥ずかしいのに、昨日のことまで覚えているとは。
 確かにその可能性も考えていないではなかったのだが、接し始めたらすっかり忘れて、かなり―――そう、素の自分というかテンションの高いところを見せてしまってる気がする。子ども相手だから距離を置くことなど一切考えなかった。
 (うわぁあああああぁ!!)
 恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。
 一護は勢いよくその場に立ち上がった。
 「も、戻ったんならもういいだろ!俺は帰る!!」
 「え、ちょ!黒崎さん?」
 「じゃあな!」
 花太郎をはじめ死神たちが何事か言っているのが耳に入ったが、一護はそれらを全て聞かなかったことにして瞬歩で立ち去った。一分一秒でも早くあんなところから逃げ出したかった。
 「マジ最悪・・・!」
 やはり最初に感じていた予感通りろくな連休にならなかった。気楽にこんなところに関わるものじゃない。
 一護は己の迂闊さを反省しながら、暫く尸魂界には来ないようにしようと誓った。






<番外編1>

 目の前に笑顔を浮かべて立っている男を表す言葉としては「善良」だとか「温厚」というものが良く似合う。しかしあくまでその本性を知らなければ、の話だ。
  総隊長に呼び出され久し振りに瀞霊廷を訪れた一護は藍染の姿を目にしてそんなことを考えた。
 その優しそうな笑顔の裏で、何を考えているのかわからなくて怖い。ただでさえ先日の件の関係者には出来る限り会いたくなかったというのに。
 「やぁ一護くん。こんにちは。」
 「・・・ちわッス。」
 頬が引き攣りそうになるのを何とか堪えながら挨拶を返せば、何が楽しいのか藍染が嬉しそうに笑う。この男のことだ。一護の混乱を全てわかっているのかもしれない。
 いっそこのまま現世にUターンできたらどれだけ幸せか。
 しかしそんなに失礼な行為を藍染にする勇気はなかったし(何せ表面上は穏やかに接してきているのだからここで帰ってしまえば全面的に自分が悪い)、約束している総隊長の待つ一番隊の部屋までは藍染さえやり過ごしてしまえばすぐに着く距離だ。
 耐えろ俺。
 「・・・で、こんなところでどうしたんスか?藍染隊長。」
 「おや、もう名前で呼んではくれないのかい?」
 「ッ!」
 確実にその話題を持ち出してくるだろうとは思っていたが、最初からそれを言うか。
 数日前のことを思い出すと反射的に赤くなる顔を背けながら一護はぼそぼそと言い訳をする。
 「アレは特殊な状況だったからで・・・。」
 「別に僕は今も名前で呼んでくれて構わないよ。」
 「そういうわけにはいきません。」
 「そう?・・・残念だな。」
 思ったよりもあっさりと引いた藍染に、一護は僅かに目を瞠る。浦原や市丸だったらそれをネタに延々一護をからかってくるだろうに。それだけ藍染が大人だということなのだろうか。―――いや、浦原や市丸が性格が悪いだけか。
 一護はほんの少しだけ藍染の認識を改めた。
 「ところで、一護君。」
 「何ですか?」
 「君が僕に瞬歩を教えてくれたときのことを覚えているかい?」
 藍染の言葉に先日のやりとりが思い浮かぶ。覚えているも何も、あの騒動を何十年、下手すると何百年前の出来事として経験した藍染たちと違って、一護にとっては数日前の出来事だ。一語一句違わずとは言い難いが、割と詳しく覚えている自信はある。
 「覚えてるけど・・・それが何か?」
 「じゃあ最後に僕と交わした約束のことは?」
 「約束?」
 はてそんなものあっただろうか、と記憶を掘り返しみるが、それらしいものに思い当たらない。"瞬歩を教える約束"はこの場合当てはまらないのだろうし、それ以外で自分は何か言っただろうか。
 最後に藍染と交わした約束―――?
 「あ。」
 「思い出してくれたかい?」
 思わず声が出た。そんなことをしなければ思い出せないと誤魔化せたかもしれないのに。

 あの日砕蜂が帰った後、結局夕飯の時間が来るまで練習を続けていたが瞬歩をできることなく終わった。全員習得するまで練習したいとごねていたが、結局空腹には勝てずその場はそれで収まった。その後部屋に戻るときに藍染との会話で―――。
  『今日中にできるようになりたかったのに・・・。』
  『そう焦るなよ。今日は無理でもお前ならできるようになるさ。』
  『本当に?』
  『ああ、俺が保障してやるよ。お前が努力してれば、の話だけどな。』
  『頑張ります。だから僕が瞬歩をできるようになったら・・・。』

 「・・・"一つだけ、僕のお願いを聞いてもらえますか?"だったかな。」
 「・・・・・・。」
 「君はそれに頷いてくれたよね?」
 確かに、自分は頷いた。成長すれば隊長にまで登りつめるのだから瞬歩ができるようになるのは当たり前とわかっていつつ、その必死な幼い顔とあどけなさにほだされて。
 まさか覚えてはいないだろうと甘く見たのもまずかった。数日前の自分を叱りつけてやりたい気分だ。
 「約束どおり、お願いを聞いてもらえるかな?」
 だらだらと汗を流す一護に藍染が笑いかける。その笑顔の裏に一護が頷くまでは決して引かないであろう固い意志を汲み取ってしまい一護は渋々と承諾した。
 「ただし、俺にできる範囲でお願いします・・・。」
 「勿論、わかってるよ。」
 せめてもの情けを期待して意見することは忘れない。藍染もそれには頷いてくれた。
 それにホッとしたのも束の間。
 「じゃあ僕のお嫁さんに・・・。」
 "嫁"という単語が耳に入った途端、瞬歩でその場から逃げる。流石隊長格の一人。流石市丸の元上司。変態の仲間は変態だ。安心した自分が馬鹿だった。
 しかし完全に逃げ切る前に藍染に腕を掴まれ止められてしまう。
 「というわけで、結婚してください。」
 「無理無理無理!!超範囲外!!!」
 じたばたと必死に暴れるがそんなもの藍染は意にも介さない。相変わらずにこにことご機嫌な笑顔を浮かべている。
 「無理かい?」
 「どう考えたって無理だろ!!」
 「・・・わかった。じゃあそれは諦めよう。」
 「へ?」
 あっさりと、藍染は先程の発言を取り消した。やっぱり、何というか、不思議な男だ。周りに意見を押し通すことを生きがいとしている我の強い男ばかりしか知らない一護はどうにも藍染のテンポについていけない。
 よくわからないが、とりあえず男の身でありながら嫁に行くことだけは免れたようだ。
 かといって、その代わりにどんな要求を突きつけられるかわからない。相変わらずすぐにでも逃げ出せるよう一護が身構えていると―――。
 「お嫁さんは諦めるとして。そうだな・・・。じゃあ、君がこちらに来た時、特に急ぎじゃない場合は出来る限り僕のところへ来てくれるってことでどうだい?」
 一護はまじまじと藍染を見返す。先程の"結婚してください"発言に比べれば随分善良的でささやかな申し出だ。何かの罠なんだろうか、と身も蓋もないことを考えたが特に一護にとってデメリットは感じない。
 一体何を考えているのか。
 しかし藍染の真意を測るにも一護には情報が少なかったし、第一先程から安心したり怯えたり驚いたり緊張したりの連続で疲れてきた。特に危険を感じないのだから、それくらいは構わないだろう。
 「・・・ほんとうに、そんなんでいいんスか?」
 「十分さ。」
 「・・・わかった。じゃあこれからは出来る限り寄らせてもらいます。」
 一護が恐る恐る承諾すれば、藍染は今までで一番の笑顔を浮かべる。一護の答えにいたく満足したらしい。
 それから少しだけ世間話をして、藍染は去っていった。一護も酷く疲れはしたものの、最悪の事態だけは免れたと安心して総隊長の下へと足を向けたのである。

 一護はまだ知らない。
 藍染は決して諦めのいい大人なのではなく、ただ待つことに長け少しずつ攻略することを知っている大人なのだということを。






<番外編2>

 デジャビュだ。一護は目の前の光景を見てそう思った。
 見覚えのある顔ぶれが、幼くなって思い思いの行動をしている。数日前、その問題は解決したはずなのに。
 「・・・何でこんなことになってるってんだ、あぁ!?」
 叫ばずには、いられなかった。

 * * *

 ひたすら申し訳無さそうに縮こまっているイヅルを一護は半眼のまま睨む。イヅルに罪はない。それは十分にわかっているが、精神的に荒んでいるため目つきが悪くなるのはどうしようもない。
 ことの発端は、市丸だった。奴曰く、「僕らだけ小さくなって、他の隊長さん達が小さくなってないって不公平やろ?」とのこと。要約するとつまり、「面白そうだった。」になる。
 本当に、それだけの動機で涅が作った薬を盗み(そもそもいまだに残っていたということ自体が問題だ)この騒ぎを起こしたらしい。
 ちなみに現在逃亡中。イヅルが一護の前で縮こまっているのもそのせいだ。手のかかる上司を持つと不運である。
 その市丸に巻き込まれ今回の薬で小さくなったのは、砕蜂・卯ノ花・勇音・狛村・京楽・伊勢・東仙・檜佐木・更木・浮竹の計10人。
 救いだったのは、薬を盛られたにも関わらず、総隊長がそれを飲まなかったことだろう。あの人が子どもになっていたら、まとめる人間がいなくなり、今以上の混乱に陥っていたに違いない。
 今その山本は再び開いた隊長たちの穴を埋めるべく、老体に鞭打ちながら指示を飛ばしている。
 お陰で暗黙のうちにまたしても子どもの問題は一護に押し付けられた。確かに子どもは可愛いと思う。が、前回の騒動と同じ目に遭うのは一護も正直言って嫌だ。
 (いや、大丈夫だ。)
 前回とは違い、今回はもう解毒剤がある。今理吉と花太郎にそれを取りに行かせているところである。
 バタバタと、騒がしい足音が近づいてきた。
 「く、黒崎さん・・・!」
 「ありました!解毒剤です!!」
 待ち望んでいた声を聞いて、一護も勢いよく立ち上がる。傍にいたイヅルもほっとした顔をした。
 大きな瓶に入った、毒々しいまでの赤い色をした丸薬。一護たちをこの騒動から救済するもの―――の、筈なのに。
 「・・・ちょっと、待て。」
 受け取った中身を見て、ひくり、と一護の顔がひきつる。気のせいなのだと、自分の目を疑いたかった。
 が、何度見直してみても。
 「9個しかねぇぞ・・・?」
 子どもの数は10人。丸薬は9個。どう数えても1個足りない。
 と、いうことはだ。つまり、その1個が出来上がるまで、この問題は完全に解決することがないということだ。
 今まで押さえられていた一護の霊圧は、怒りの為に膨れ上がった。
 傍にいた理吉、花太郎、そしてイヅルまでもが恐怖に身を竦める。
 「・・・イヅルさん。」
 「な、何かな。黒崎君。」
 「何が何でも、どんな手を使ってでも市丸を回収して来い。あいつ絶対ぶち殺してやる。」
 「わ、わかった・・・!」
 「理吉。」
 「ははははは、はい!!」
 「お前はもう一回涅のところに行け。文句は一切聞かずに解毒剤をもう一度作らせろ。渋るようだったら俺、もしくは山本総隊長の名前を出せ。」
 「行ってきます!!」
 怖い。声が静かな分、本当に怖い。
 ゆらゆらと立ち上る殺気から逃げるように、指示を与えられた二人は己の限界を超える速さで走り出した。今の一護に比べれば、市丸も涅もまるで怖くない。
 残された花太郎は、恐る恐る一護に話しかけた。
 「ど、どうします・・・?黒崎さん。」
 「・・・どうするもこうするも、とりあえず1人を除いて今すぐ元に戻す。」
 「1人を除いてって・・・誰を?」
 花太郎と一護は共に子どもへと視線を向ける。
 「「・・・・・・・・・・・。」」
 楽しそうに笑ってる者、一人隅に丸まっている者、ごほごほと咳き込んでいる者、暴れている者、ぼんやりとしている者・・・。
 誰か一人、暫くこのままでいてもらわねばならない。
 一護は暫く無言で考えていたが、やがて口を開いた。
 「・・・仕方ねぇ。アイツに我慢してもらうか。」

 * * *

 (・・・結局こうなる運命なんだよなぁ。)
 尸魂界に関わるようになって、碌な目に遭わない。溜息をつくたびに幸せが逃げていくのだとしたら、間違いなく一護の幸せは皆無どころかマイナスに向かっているだろう。
 まさかまた、小さくなった死神の世話をする羽目になるなんて。
 市丸はまだ捕まっていないが、涅は解毒剤つくりを快く承諾してくれた。今も一護が催促の(殺気を込めた)霊圧を送り続けているから、きっと今頃必死になって作ってくれているはずだ。一度作ったものであるから、前回よりも早く作れるだろうと理吉に聞いたときは安心した。
 だがそれまでは、目の前の子どもの面倒を見なくてはならない。
 一護が座っている軒先の傍では、職務をサボってきたやちると、黒髪の少年―――檜佐木修兵が小さな池に入り楽しそうに遊んでいる。
 誰か一人子どものままでいてもらわなくてはならないと聞いて一護は檜佐木を選んだ。隊長に位置する人間には早々に戻ってもらわないと瀞霊廷が機能しなくなるだろうし、となると残るは副隊長の勇音か伊勢か檜佐木の3人。最終的に檜佐木に決定したのは、割と親しいし一番無理を言いやすそうだという理由だった。
 (そりゃ修兵だって早く戻してやりたいけど、こればっかりは俺にはどうしようもねぇしなぁ。)
 子どもになる薬、なんて、自分には手の出しようがないファンタジーな問題だ。解決したくとも、待つことしかできない。
 それがどうしようもなく、はがゆい。
 はぁ〜、と再び特大の溜息をついていると。

 べちょり。

 「っぬおおおおおおお!冷てぇ!!」
 突然身体の両側を襲った濡れた感覚に一護は絶叫する。あまりにもぼーっとしすぎていたため、突然の感覚に本気で驚いた。
 一護の両腕に抱きついたやちると修兵は、その格好のまま笑い声をあげる。
 「いっちー、油断しすぎ!」
 「あはははは!超だっせー!!」
 「てっ、てめぇら〜・・・!!」
 全身濡れそぼった状態でへばり付かれたら、勿論一護の身体も濡れてしまう。それが狙いだったのだろうが、驚かされた挙句濡れ鼠にされ、更にストレスも相俟って、一護はこめかみの血管が切れる音を聞いたような気がした。
 相手は子ども。そんな理由も頭から抜け落ちる。
 「いい度胸だてめぇら!池に突き落としてやる!」
 「きゃー!!いっちーこわーい!」
 「逃げろっ!」
 ずぶ濡れのまま逃げる子どもたちと一護の追いかけっこが始まりである。が、コンパスの差に加え瞬歩という必殺技がある分一護のほうが有利であることには違いない。あっさりと修兵は一護の腕の中に閉じ込められた。
 その隙にやちるは身体の軽さを生かし屋根を伝ってあっという間に視界から消える。先程まで修兵とあんなに楽しげに遊んでいたというのに、見捨てることに躊躇いはないようだ。
 「ちっ・・・逃げられたか。やちるの奴、後で覚えてろよ。」
 忌々しげに呟いたが、それ以上追いかけるようなことはしない。着替えるのを忘れて風邪を引かなければいいが、などと心配している辺り、一護も相当なお人よしである。
 やちるに見捨てられた修兵は一護の腕の中でもがいている。
 「はーなーせー!馬鹿一護!!」
 「暴れるなこら!・・・う、わぁ!!」
 小さな身体でも、容赦なく暴れられれば押さえ続けるのは難しい。ずれる重心にあわせていたらバランスも崩れる。丁度池の近くに立っていたのが災いし、一護は修兵諸共その中へと落ちた。
 浅い池だから溺れる心配はないが、その分身体を強かに打ちつける。
 「〜〜〜ッ!!」
 痛みのあまり、目の前がちかちかした。
 修兵を抱えて悶絶していると、小さい手が一護の顔に伸びる。
 「だ、大丈夫か、一護?」
 「ッ・・・へーき。お前こそ怪我ないか?」
 「ねーよ!」
 涙目で、平気とはよく言えるものだ。修兵は一護の頬を包んだまま苛立ち気にその顔を睨んだ。
 修兵の身体は、倒れこむ瞬間に一護がしっかりと抱き締めたから、どこも打ちつけることががなかった。流石に水は全身にびっしょりと浴びてしまったが、それは元からのことだったのでどうでもいい。
 やけに沈んでいる一護を元気にさせたくてやちると修兵はあんなことをしたというのに、一護を怪我させてしまっては元も子もない。まして自分を庇ってだなんて。それが修兵には腹立たしかった。
 「俺なんか庇うな!馬鹿!!」
 「あ?何言ってんだ。お前を怪我させるわけにはいかねーだろうが。」
 「お前が怪我するほうがヤだろ!」
 痛みの残る己の身体の上で必死に喚く修兵に、一護は穏やかに笑った。
 「もしかしてお前心配してくれてんのか。これくらい俺には何でもないから気にすんなって。・・・でも、ありがとな。」
 至近距離で、そう諭されては修兵もそれ以上言葉を紡げなくなる。それでももやもやとした胸の中の感情が無くなる筈もなく、修兵はぎゅっと一護の死覇装を握りしめた。
 一護はそれに気付き修兵の頭を優しく撫でていたが、流石に池に浸かり続けたままではまずいと判断し、自分の着物に縋る修兵をそっと抱き上げて立ち上がる。身体が動くたびに布に吸い上げられた水がびしゃびしゃと辺りを濡らした。
 着替えさせないとな、と思っていたとき。

 「どないしたん?一護ちゃん。そんなにびしょぬれで。」

 耳に慣れた独特のイントネーションが聞こえて一護はゆっくりと背後を振り返る。予想通り、市丸と、疲れた顔をした吉良が立っていた。
 「・・・お待たせ、黒崎君。市丸隊長を連れてきたよ。」
 「イヅルがやけに切羽詰った顔で追いかけてくるから、何かと思ったわ。一護ちゃん僕に用があるんやって?」
 朝からずっと逃げていたくせに、一護から呼び出されているという説明を聞いた途端ご機嫌になり大人しくついてきた己の上司に、吉良は憐憫の眼差しを向ける。これから市丸がどんな目に遭わされることか、想像するだけで先程から震えが止まらないというのに。
 嬉しそうな市丸と、心配そうな吉良の視線を受け止め、一護はにっこりと、それはもう珍しいくらい晴れ晴れと笑って見せた。
 市丸はますます嬉しそうになり、吉良はあまりの恐怖に息を呑む。
 「どこ行ってたんだよ、市丸。ずっと探してたっていうのに。」
 「そんなに大事な用事なん?」
 「そう、めちゃめちゃ大事。あ、イヅルさん。悪いけど修兵頼んでいいかな?散々濡れたし着替えさせてほしいんだけど。俺は市丸と二人っきりで話があるからさ・・・。
 「わ、わ、わかったよ。黒崎君。」
 強調された言葉の裏に隠された意図を感じ、吉良は必死に首を縦に振った。被害は市丸一人に済ますためにも、逆らうわけには行かない。日頃の恩など、この際忘却の彼方である。そもそも恨みのほうが多すぎて、恩を思い出すことなど難しいくらいなのだから。
 吉良は速やかに修兵を受けとろうとしたが、小さな手が一護の着物をまだ握り締めていたためそれは叶わなかった。
 「修兵・・・?」
 「どこ行くんだ?一護。俺も一緒に行く。」
 離れたくない、と全身で言っているようで、その幼さに一護は顔を綻ばせた。先程市丸に向けたものとは違う、本心からの笑みである。
 が、幼い子どもにこれから起こり得る凶事(!)を見せるわけにはいかない。
 「・・・ちょっと、な。いい子だから、イヅルさんのいうこと聞いといてくれ。」
 「子ども扱いするな!」
 「はいはい。すぐ戻るから。」
 着物を掴んでいる手をゆっくりと外し、一護は最高に上機嫌の市丸と一緒にその場を去っていった。
 修兵はまだ諦めきれずについていこうとしたが、思った以上に強い力で吉良に止められる。
 「絶対に行かないほうがいい。・・・トラウマになるから。」
 「?」
 意味がわからない修兵は、多分一番幸せである。

 * * *

 結局。
 一護が市丸と個人的に話をしている間に涅は薬を作り終わったらしく、修兵は元に戻っていた。
 「悪かったな、すぐに元に戻してやれなくて。おまけにあんまりちゃんと面倒見てやれなかったし。」
 「いや・・・それはいい。こっちこそ世話になったな。」
 言葉を交わしながら、やけに熱心に見つめられて、修兵は首を傾げる。
 「何だ。」
 「んー?お前小さい時はやちると平気で遊んでたくせに、何で大きくなったらあんなに子ども嫌いになるんだろうなーと思って。」
 「子どもが子ども嫌いだったらある意味不気味だろうが。」
 「そうだけどよー。何がそんなに駄目なんだ?」
 余程気にかかっていたらしい。確かに一護は先日の騒動を見る限り子どもは好きそうだったし、さっきまで子どもだった自分にも優しかった。だからなおさら修兵がここまで子どもを嫌うことが不思議でならないのだろう。
 修兵とて、確りした理由を説明できるわけではない。だから一護の疑問を解消してやることはできないが。
 「・・・一つだけわかったことは、ある。」
 ん?と首を傾げる一護の頬に、修兵は手を伸ばした。丁度池に落ちたときのように。
 修兵にとってはもう過去のことになる、守れず守られるという立場にいることがつらくて仕方がなかったときのこと。
 「あのときお前に子ども扱いされるのが悔しくて、必要以上に"子どもである自分"を嫌うようにはなったな。」
 ―――多分、きっかけはそれだ。
 頬を包む手は同じでも、掌の大きさや傍で笑う顔はつい数時間前に見たものとは全く違う男くさいもので、一護は伝えられた言葉の意味と自分の身が置かれている状況を理解し、次第に真っ赤になる顔で思いっきり叫んだ。
 「〜〜〜アホか!!」

 ちなみに三番隊隊長はあの騒動以来四番隊に緊急入院する羽目になり、暫く「ごめんなさい、もうしません。」とうなされ続けていたとかいないとか。












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