Please answer,My student.
「カップリングパロディー"家庭教師と生徒"」(リライト様)



 一護には家庭教師がいる。
 別に成績が悪いわけではない。というより寧ろ、上位のほうに入る。それなのに何故家庭教師というものを頼っているかというと、教科の得意・不得意に偏りがあるからだ。
 入学当時はあまり差がなかったのに、今では得意教科と不得意教科に20点程の差が出てしまう。それでも上位に食い込めるから大したものだが、一応大学進学を希望している身としては、出来る限り不安要素は作りたくなかった。
 それに負けず嫌いの性格もあって、不得意教科というものがあるのは、許しがたい。
 だから家庭教師というものを頼った。塾に行くかという案も父親から出されたのだが、正直オレンジ色の頭をして目つきの悪い自分が周りからどんな印象をもたれているかわかりきっていたので、集団の中に行くのは遠慮させてもらった。
 知人を頼って紹介してもらった家庭教師は、市丸ギンという大学生だった。
 細められた目と笑みを浮かべた口が狐のような印象を与えるが、顔はかなり整っている部類だ。一番重要な家庭教師としての能力はというと、頭もいいし教え方も悪くない。
 が、性格が最悪だった。
 仏頂面で愛想のない一護の何を気に入ったのか知らないが、とにかく構う・からかう・遊びたおす。のっけから「いちごちゃんv」などと一番一護が気に食わない呼び方をしてくれて、訂正しようにも一向に改める気配はない。それ以上に嫌がる一護の様子を見て楽しんでいる節がある(最悪だ!)。
 勉強の途中、わからないことを聞いたとき与えるヒントはひどく遠まわしで、それでいて間違えたらおしおきという名の過度なスキンシップや罰ゲームを強いられる。こいつは勉強を教えるために来てるんじゃなくて自分で遊ぶために来てるんじゃないだろうかなどと一護が考えたことは一度や二度ではない。
 勉強を教えてもらってるとはいえ、雇っているのは一護(正しくは一護の父親)だ。いっそクビにしてやろうかとも考えたのだが、それは何だか負けるような気がして嫌だった。そして腹立つことに、そんな教え方でも成績は上がっていっているのだからやりきれない。
 (成績が上がってるのは、こいつが優秀なんじゃなくて、俺の理解力があるからだ!)
 しょうがないから、一護はそう思うことにしている。
 何だか腹立たしい家庭教師を抱えたまま、それから半年、ずっとその関係は続いていた。



 * * *



 「テスト結果、どうやった?」
 ごろり、と何故か一護のベッドに寝転がったまま、ギンが聞いてきた。
 今日は別に家庭教師の日ではない。けれども最近では良くこうやって、何でもない日にギンが訪ねてくることがある。
 初めは教師と生徒の関係ということで、ギンに一線引いて考えていた一護だが、ギンの馴れ馴れしい態度に慣れて(キレて、とも言う)そんな考え方は捨て去った。
 ギンのほうが3つ年上だが、敬語も使うことはない。かなり親しい友達に接しているような態度である。
 (何か慣らされてる・・・?)
 そう考えて、何だか一護は一気に疲れた。最初は毛嫌いしていたはずなのに、少なくとも自分の事を"苺"の発音で、しかも"ちゃん"付けまでして、更にそれについて怒ったら「だって可愛いやん?」とまでぬかしやがった時点で敵だとみなしたはずなのに。
 最近ギンといることが苦痛でなくなっている自分を知っている。というか、寧ろ、心地よく感じているのは一体何故なんだろう。
 (ホンット納得できねぇ・・・。)
 何だかむかついてきて、ベッドの上にいる男に結果用紙と各テストの解答用紙をまとめて落としてやった。
 「どぅわ!何すんねん!!」
 「人のベッド占領してる奴に文句言われたくねーよ。」
 「ホンマ冷たいわ〜、いちごちゃん。」
 ぶつぶつ言いながら、仕方なく身を起こして散らばった紙を拾い集める。結果用紙に視線を落とすと、その目が輝いた。
 「へ〜、頑張ったやん。今までで最高順位とちゃう?」
 「・・・まーな。」
 今回の結果は、学年9位。確かにいつも以上に頑張ったから、素直に返事をする。
 「やっぱ教えてくれる教師がええもんなぁ?」
 「・・・・・・・・・・・・・。」
 「え!?いちごちゃん!?何やその目!」
 思いっきり疑わしげに睨んでやったら、案の定ギンは傷付いてベッドに泣き崩れる。どうせ演技なのだから、同情することはない。
 「馬鹿なことしてないで、とっとと解説お願いします。先生?」
 「冷たいわぁ・・・。大体解説ってゆーても、殆どケアレスミスやし、学校でも解説してもらったんやろ?」
 ざっと解答用紙に目を通す。
 「まぁ間違ったとこの類似問題は次のカテキョの日にやっとこか〜。質問は?」
 「ない。」
 きっぱりと答えて、ギンから解答用紙を奪う。どうせ今日は家庭教師の日ではないから、わざわざ勉強することもないだろう。
 ふと、ギンに視線も戻すと何やらいつも以上に嬉しそうな顔をして手招きをしている。こういう顔をするときは大概ロクでもないことを考えているときで、あまりいい目にあった覚えはない。
 「何だよ・・・。」
 だから近づく前に聞いてみる。この男には二重にも三重にも警戒する必要がある。悲しいことにそれだけ警戒を重ねても、いいように遊ばれることが多いのだが。
 「嫌やなぁ〜。そんな顔せんでもええやん。」
 「だから何だ。」
 「ん〜・・・、優秀な生徒にご褒美あげよかと思って。」
 ご褒美、という言葉に思わずぴくりと身体が揺れる。どんな年になっても、そういう単語には相変わらず弱い。
 それにギンがそんなことを言い出したのは初めてのことだった。
 「・・・珍しいな。」
 「僕かてそんくらいのことはしたるで〜。いちごちゃんは本当にがんばっとるからなぁ。だからこっち来て手ぇ出して。」
 ベッドに座ったまま手招く男にそろそろと近づいて、その隣に座る。にっこりと笑うギンに手を差し出すと、握手みたいにぎゅっと手を握られた。自分の手と、ギンの手の間に固い感触。
 手を離すと、一護の掌には、銀色の鍵が乗せられていた。
 「いちごちゃんに問題です。それはどこの鍵でしょう?」
 むぅ、と唸って掌の上のものを眺める。まさかこんなものを渡されるとは思わなかった。
 小さくもなく、大きすぎることもない。ぴかぴかの鍵は、自分の家の鍵と同じくらいの大きさだ。もしくは、車のキー。
 そこでハタと思いつく。ギンは"どこの"という表現をした。ならば家の鍵ということだ。
 ギンが渡す鍵ならば―――。
 「ええと・・・、もういらなくなった昔の女の家の鍵とか?」
 「・・・いちごちゃん。君、僕に一体どんなイメージ持ってんのか詳しく聞いてもええ?」
 「いやお前そういうことやりそうじゃん。普通に。」
 「・・・・・・・・・・・き、傷付くわぁ〜。」
 しくしくと泣き出すギンを放置して、更に鍵を観察する。この場合一体この鍵がどこのものなら、自分が驚いたり怒ったりしてギンが喜ぶだろう、なんて考え方をしてしまうあたり、ギンが日頃一護に対してどんな行いをしているかが十分に伺える。
 「どこの鍵・・・ねぇ?」
 「そない悩まれるとは思わんかった・・・。普通に、かつシンプルに考えてほしいんやけど。」
 「お前が何企んでるかなんて普通に考えたらわかんねーだろ。」
 「・・・何かホンマ切ないわぁ・・・。」
 ここまで言われても自分の日頃の行いを反省することはないのだから、ギンも相当強者である。
いまだ唸って考え続けている一護にギンもとうとう匙を投げた。どうせなら一護からその答えを言って欲しかったのだが、仕方ない。
 「それなぁ・・・、僕んちの合鍵。」
 「はぁ!!?」
 予想以上に驚かれて、ギンもビックリする。更に鍵をつき返されそうになって、慌てて鍵を握った一護の掌を両手で押さえた。
 「それはいちごちゃんへのご褒美やって!何で返そうとするん!?」
 「もらえるわけねーだろこんなん!つーかお前ほいほい合い鍵渡すなんて不用心にも程があるぞ!」
 「せやかていちごちゃんをウチに誘う方法、これしか思いつかんかったんやもん!!」
 怒鳴った一護に負けじと怒鳴り返した内容を掴みきれないらしく、一護はきょとんとしている。その様子を見たギンは流石にいたたまれなくなって視線を泳がせた。
 「え〜・・・っと。そやから、ウチに遊びにきてほしいなぁ〜、なんて思うんやけど・・・。」
 ギンがこんな風に自信なく話すのは珍しい。しかし今重要なのはそんなことではない。
 「何で。」
 「何でって・・・。」
 「つーかお前の家なんて場所もしらねーし。大体お前の家なんて怖くていけるか。どんな罠がしかけられてるかもわかんねー。」
 ギンはがっくりと肩を落とす。断られたこともそうだが、それ以上に断る理由に脱力した。
 「頑張ってたつもりなんやけど・・・な〜んにもわかってなかったんやね・・・。」
 思いっきり長い溜息をつく様子は、どうやら演技ではないらしい。ただ何をそんなに落ち込んでいるのかが、一護にはさっぱりわからない。
 なのにそこまで落ち込まれると、何だか自分が悪いような気がしてくる。
 「いや・・・だって・・・。」
 「ひどいわ〜・・・ホンマ結構傷付いたで、僕・・・。」
 「ぐっ・・・。」
 その言葉を言えば負けだとは十分わかっている。というか、何故自分が責められねばならないのか未だによくわからない。
 わからないのに、つい、譲歩してしまうのは、お人よしというべきなのか、経験不足というべきなのか。
 やっぱりここで謝罪の言葉を口にしてしまうのは、一護のほうなのだ。
 「わ、悪かったよ・・・。」
 思わず一護の口からこぼれた小さな声を、ギンは聞き逃すことなく耳に拾い、ついでにっこりと笑顔を作った。
 「ほな、それちゃんと貰ってな?」
 「・・・貰ってどうすんだよ。」
 「うん、そこが重要やねぇ。」
 一護はもらった鍵をじっと見る。ギンの家の合鍵だというそれを(この男のことだから、それさえもでまかせかもしれないが)貰っても自分にはどうしようもない。大体、何故こんなものを渡したのか。
 「はい、じゃあいちごちゃんに問題です。君と僕の関係は何でしょう?」
 「家庭教師とその教え子。」
 突然出された問題に戸惑いながらも、迷いなく答えを口にする。
 「ピンポーン・・・優等生的模範解答やね。」
 つ、とギンの手が伸びてきて、鍵を持っていた一護の手に触れる。少し体温が低く長い指が、一護の指を一本一本、鍵をくるむように折り曲げさせる。
 全部の指を曲げてから、ギンは両手でそれを覆った。
 「な、に?」
 「・・・いちごちゃんに更に問題。僕はいちごちゃんと"家庭教師と教え子"以外の関係になりたいと思ってます。さて、それは何でしょう?」
 真正面から目を覗き込まれて、一護は言葉をなくす。ふざけるな、と蹴り飛ばしてやればよかったのに、身体が硬直してしまった。
 「いちごちゃんには難しいみたいやから、ヒントあげるわ。その1。バイトの日でもなく、かつどーでもいい教え子なんかに僕はわざわざ会いにきたりせぇへんで?まして男の生徒なんかにほっぺにキスしてもろうて、喜ぶような趣味もない。」
 「んなっ・・・だってアレ、アンタが罰ゲームで無理矢理させたんだろっ・・・!」
 問題が解けなかった罰ゲームの1つに、ほっぺにキスを強要されたことを思い出して、一護が赤面する。嫌がる自分とは対照的なひどく楽しげな男に、嫌がらせの天才だとつくづく思ったことは記憶に久しい。
 「せやからそこんとこ、ちゃんと考えて。それから、ヒントその2、や。」
 真正面から覗いていたギンの顔が、更に近づいてきて反射的に一護は目を瞑った。
 触れるか、触れないか。ほんのわずかな距離を残してギンが笑うのがわかる。それにつられてそろりと目を開けると、その瞬間を見計らったかのように、ギンの唇が一護のそれに触れた。
 あっけにとられて一護が固まっていると、ギンはさっさと立ち上がって部屋のドアへと向かう。帰ろうとしているのだ、と認識して、呼び止めようとしたら先にギンが振り返った。
 「答え合わせは次のカテキョのときや。精々考えてな?いちごちゃん。」
 何も言うことの出来ない一護を残して、ドアはあっけなく閉じられた。相変わらず性格の悪い男は、性質悪い問題をふっかけて、自由気侭に去っていった。
 一護は怒るべきか笑うべきか嘆くべきか、もう一体何をすればいいのかわからず、そのままさっきまで男がいたベッドに沈没する。
 顔に集中した熱から今の自分の様子が十分に察することができて、とにかく喚きたい気分だった。
 「あ、それから鍵のことやけど。」
 「のぅわあぁ!」
 突然開けられたドアからギンの顔が覗いて、一護はバネ仕掛けの人形のように跳ね起きた。帰ったはずだと思っていた男のお陰で、喚きたい、という欲求は図らずも実現される。
 「それちゃんと一護ちゃんが使えるようにしたるから。もう何が何でもどんな手を使ってでも君が嫌がろうが抵抗しようが、ちゃーんと文句なく使えるようにしたるからな。」
 本気になった僕は怖いでーという言葉と共に、挙動不審な一護の態度にも頓着せず、今度こそギンは帰っていった。ちゃんとギンの乗るバイクの音が遠ざかるのを確認して、それから一護はまたベッドに沈む。
 「はぁ〜・・・。」
 とにかく、疲れた。ひたすら、疲れた。
 頭の中はギンから言われた言葉と、キス(ちくしょう、ファーストキスじゃねぇか)のことで、ぐちゃぐちゃに乱れている。暫く何も考えたくない。
 『"家庭教師と教え子"以外の関係になりたがっています。され、それは何でしょう?』
 『答え合わせは次のカテキョのときや。精々考えてな、いちごちゃん。』
 それなのに、ギンの言葉と、掌の中の硬い感触が、それすらも許してはくれない。
 次のカテキョの日までに、あと2日。ギンが納得する答えを用意しなければ。
 「・・・あんのクソ馬鹿性悪狐。」
 答え、などと。ここまでされて気付かぬはずがないのに。わざわざ期間まで用意したのは、一護を慮ってのことなのか、それとも嫌がらせか。
 (多分、後者だ。)
 これから2日、いや、きっとそれ以上長い間、ギンのことばかり考えていなければならないのかと考えて、一護は赤くなった顔を隠すように、頭から勢いよく布団を被った。






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送