再会



 『隊長〜今日から新しい隊員が入ってきはるけど去年みたいに逃げようなんて思わんといてくださいね僕かて面倒やけど隊長見せびらかせたくてお披露目に出席しとるんですから去年みたいにとんずらして僕独りにしはったら本気で犯しますよ僕としてはそれでも構いませんけどまぁ隊長は立ってちょこっと話すだけでええんですからそこんとこよろしゅう。』

 「副隊長の言葉とは思えねぇな・・・。」
 些かげっそりしながら一護は数刻前に部下から言われた言葉を頭の中で反芻した。普段から狐顔の部下がとる飄々とした態度は上司に対するものではない種類のものだったが、今回は特に酷かった。上記の台詞は全て一護を頑丈な縄で縛ってかつ後ろ襟を掴まれ十分に逃げられないようにしてから告げられたのである。
 状況にも言葉の内容にも抗議はしたかったが、素直に諾と言わなければ本当にその場で犯されそうな目をしていたので、己の身の安全を守るため仕方なく一護は最も嫌いな仕事をこなすためにこうしてぼんやりと部屋で待機している。時間になったら傲岸不遜な副隊長が呼びに来るだろう。
 季節は春。出会いの季節。これから己の隊に入ってくる新人死神に、上司として挨拶をせねばならないのだ。
 正直、入ってくるならそっちで勝手にしろ、と言ってしまいたいのだが、そういうわけにもいかないらしい。何とも立場というのは面倒なものである。
 挨拶の何が嫌って、大したことを言えるわけでもないのに話をすること自体が嫌だ。それに何より一護は前に出た瞬間、驚き失望した顔をされるのが嫌いだった。―――己の、容貌に対して。
 一護の髪の毛は鮮やかな橙色をしている。それだけでも十分、他の人に珍妙な顔をされることが多いのだが、何より一護はあまりにも、若い、のだ。
 大抵新人の死神というのは学院出身者の者が多い。そこで学んだものは死神として必要なスキル―――例えば剣術や鬼道、瞬歩などなど、学べば学ぶ程それがいかに難しいことか、身をもって叩き込まれる。それを使いこなす死神、ひいてはその死神を束ね卍解という特殊なスキルを身に付けた十三の隊長たちは特殊でものすごいものなのだと、妙に教師たちが刷り込んでいる節がある。学院出身者でなくても、流魂街にいれば自ずと死神の噂を耳にすることがあり、全くその道に疎い一般人たちは下手すれば学院出身の者たちよりも隊長格の死神を化け物か神のように恐れ敬っている節がある。
 要はつまり、隊長というのはそれなりに歳をとって屈強で威厳のある男性をイメージに浮かべることが多いのだ。
 だから一護が前に立つと驚かれる。確かに自分たちと変わらない、下手をすれば年下程度のほっそりとした幼い少年が、十三の隊の内の一つ、五番隊を束ねる隊長として紹介されれば何の冗談だと思われても仕方がない。一護とて今自分がその立場にいるのは性質の悪い冗談ではないかと疑っている。
 しかし一護が五番隊の隊長であることは事実である。総隊長直々に厳命されたのだから。
 結果、五番隊の新しい隊員たちは一護の姿を目にした途端、揃って失望の表情を浮かべる。ああこんな子どもの下で仕事をしないといけないのか折角今まで死ぬ気で努力してきたのに。そんな心の声が聞こえてきそうなほど。
 致し方ないことだとはわかっているが、そんな顔をされて平気でいられるほど一護は図太くはない。腹立たしいし、悲しくもある。ついでに言うなら副隊長である市丸がそんな態度をとる新人たちに軽く殺気を飛ばすのを諌めるのも面倒くさい。市丸自身も初めて一護に会ったときには似たような顔をしたくせに、だ。
 まぁ一ヶ月もすれば、とりわけ一護の戦いぶりを間近で見た隊員は一護を受け入れてくれ、概ね好意的な態度を取ってくれるようにはなるのだが、やはりとんずらしたいものには違いない。
 鬱陶しいなぁ、と思いながら一護はこっそり窓から新人たちが並んでいる方向を見つめた。角度が悪いため一部ではあるが、ちらほらと緊張していそうな顔ぶれが見える。総隊長の長い話の途中なのだろう。足が疲れるらしくこっそり片足の足首を曲げる人もいた。ご愁傷様、と同情しながら見えるだけの顔ぶれを一人一人眺めていく。
 「・・・ッ!?」
 ある新人の顔を見た途端、一護は大きく息をのんだ。窓枠を掴み身を乗り出す。
 少し癖がかった茶色の髪、鼻筋の通った横顔に黒い眼鏡のフレームが見える。口元は引き締められているものの、他の新人たちとは違って緊張もせず自然体で落ち着いているその立ち姿。
 距離もあるし全貌がわかるわけではない。それでも、彼を見間違えるはずがなかった。
 何故、と一護の唇が声を出さず言葉を紡ぐ。何故、アイツが此処にいるのだ、と。
 「藍染・・・。」
 呆然と呟いた言葉が、この距離で聞こえたわけでもないだろうに、一護から名を呼ばれた青年が振り向いた。一護の姿を認め、目を見開く。
 ―――黒崎。
 声は聞こえなかったものの、一護は確かに男の唇がそう動いたことを認識した。



 * * *



 藍染惣右介 五番隊配属―――。
 今年入る新人の名が列ねられた書類の中に、きちんとその名前はあった。誰が来ても同じだと惰性で目を通さなかったことに一護は酷く後悔した。
 「何やえろう動揺してはりましたけど、何かあったんですか?隊長。」
 少なくとも、先にわかって心構えができていればこうして部下にからかわれることもなかっただろうに。
 不機嫌を隠すことなく、一護は舌打ちした。
 「・・・別に。」
 「嘘や〜。隊長めっちゃ口数少なかったですやん。普段はもう少し頑張るのに。」
 隊長は機嫌が悪くなったり動揺したりするとそれだけだんまりしてまうもんなー、とのんびり呟かれた言葉に一護は思わず手の中の書類を握りつぶす。

 『・・・五番隊隊長として歓迎する。以上。』

 結局、挨拶をと促されて一護が口にしたのはその一言だけ。愛想もないおまけに超低音で唸るように吐き出された言葉に周囲は総隊長が愛用の杖に握力だけでひびをいれる音を聞いた。昨年、五番隊隊長に就任された直後の入隊式はサボタージュ、そして今年もこれでは隊をまとめる立場からも見逃すわけにはいかなかったのだろう。事実先程まで一護は総隊長に呼ばれて「更木ですらもう少し常識と愛想があるぞ」と実に屈辱的な説教を受ける羽目になった。
 それでも、どうしようもなかったのだ。あの男と再会した衝撃を昇華してしまうには、あの時間では短すぎた。動揺のあまり醜態を晒すわけにもいかず、あの一言しか口にできなかったのだ。
 目を閉じて、深く息を吐く。瞼の裏に浮かぶのは、髪の色よりもやや暗い、落ち着いた茶色の瞳。緩く細められたその瞳は言葉にするよりも雄弁に、一護に語りかけていた。
 軽く頭を振って立ち上がる一護に、市丸が反応する。
 「どこいきはるんです?」
 「・・・用事があるからな。少し出てくる。」
 藍染の名前が書かれた皺くちゃの書類を更に握りつぶして屑篭に放り込む。そのまま出て行こうとする一護の手首を市丸が掴んで引き止めた。
 睨み付けるように見下ろす一護の視線に堪えることもなく、市丸はニヤリと笑う。
 「あの新人が気にくわんのなら、僕が処分しましょか?」
 決して真面目ではないのに、嫌なところだけはきちんと見ている。そんなに自分はわかりやすかっただろうかと反省する反面、察しのよすぎる副隊長に顔を顰めた。
 「・・・どうやるんだ?」
 「研修とか何や言うて、現世で事故に見せかけて殺します。」
 入ってきたばかりのひよっこなど、どうとでも料理できると言わんばかりの市丸に、一護は軽く溜息をつく。
 確かに、市丸の認識は正しい。彼の実力ならばそれも可能だろう。
 だが、しかし。
 「・・・二つ問題があるな。」
 「何です?」
 「一つ、別に俺はお前に処分してもらうほどあいつが気に食わないわけではない。そしてもう一つ。」
 掴まれた手首を振り払って、踵を返す。
 「あいつは並の新人とは色んな意味で違う。・・・多分お前相手でも簡単にはくたばらねぇよ。」



 * * *



 藍染の霊圧は、新人たちの姿を眺めている間に覚えた。重い足をひきずりながら、一護はその気配へと近付く。
 正直、逃げ出せるものなら逃げてしまいたい。が、相手は五番隊配属なのだからこれから毎日のように顔をあわせることになるのだ。―――嫌なことは早めに終わらせてしまうに限る。
 薄紅色の花びらを満開に咲かせた桜の下に藍染はいた。一護の足音に気付き、振り返る。
 柔らかい微笑がその顔に浮かぶ。
 ざわりと騒いだ胸中をやりすごして、一護は藍染に近付いた。
 「・・・死因は?」
 「君と同じ、事故死だよ。・・・といっても君は溺死で僕は焼死だけど。」
 「いくつで?」
 「28歳。」
 「老けたな。」
 「君は相変わらず若い。16歳のままだ。」
 「俺としてはもう少し成長したかった。」
 突然の一護の言葉にも藍染はすぐに反応して答えを返す。そのテンポの良い軽い会話に少し気分もほぐれ、一護もぎこちないながら笑みを浮かべた。
 「久し振りだな、藍染。」
 「久し振り。・・・12年ぶりかい?まさかこんなところで黒崎に再会できるとは思ってもいなかったよ。」
 「・・・それは俺の台詞だ。」
 高校に入学してから半年もせずに一護は事故で死んでしまったが、中学時代、そして高校に入ったばかりのときも同級だった男。その姿を改めて見つめる。
 16歳の時はまだ未発達な細めの身体だったのに、28歳という年齢を裏付けるように一護の目の前に立つのは大人の男のものだ。身長も伸び、バランスよくがっしりした筋肉がついている。一護の知っている藍染であるようで、違う。やはり、12年という歳月は大きいと改めて感じた。
 何故今頃、再会してしまうのだろう。
 死んだ人間の魂は虚になる例を除いて全て尸魂界へ導かれるが、それだけこの世界は広い。大勢の人間が暮らすその中で死神になれるものなどほんの一握りの人間でしかないため、生前の知り合いに再会するなどということは実に稀なことなのである。
 しかも同じ隊なんて―――。
 「・・・これからはやはり、敬語を使うべきなのかな?」
 藍染の声に、ハッと我に返る。藍染は困ったように苦笑していた。
 「君の下で働く日が来るとはね・・・。ええと、黒崎隊長?でよろしいですか?」
 「・・・敬語、は、無理しなくてもいい。俺だってお前にそういう風に喋られたら気持ちが悪い。」
 「酷いな。まぁ体面をつけるのはお互いに必要だろうから、ほどほどに使い分けるよ。」
 藍染ならそうするだろう。そう長い時間を共有していたわけではないが、要領がいいというか、上手に強かに世間を渡るタイプだ。相当に腹黒いのだが教師や他のクラスメイトなどは揃って温和そうに見えるこの外面に騙されていた。

 ―――僕が取り繕わないのは、黒崎の前だけだろうね。
 ―――黒崎、僕は・・・。

 学生の頃のことを思い出すと同時に、余計なことまで思い出しそうになって一護は慌てて思考を遮断した。
あれからもう12年も経っているのだ。忘れてしまわなければならない。
 折角、再び交わす会話もスムーズにいって、まるで”あのこと”などなかったかのように自然に会話できているのだ。
 「・・・精々こき使ってやるから、覚悟しておけ。」
 「うーん、本当に黒崎って容赦がなさそうだから、怖いな。」
 少しも怖いとは思っていなさそうな顔で、藍染が笑う。
 「・・・それでも君に再会できて嬉しいよ。これからよろしく、黒崎。」
 ―――これからもよろしく頼むよ、黒崎。
 考えまい、忘れようとしている傍から、藍染の言葉が学生時代のそれと被って、一護はくらりと眩暈を感じる。ああうまく笑えているだろうかとそればかりを気にしながら、一護は差し出された手に己の手を重ねた。







本当に勢いだけで書きました。しかも書きたいところだけ。ごめんなさい。
これじゃさっぱり何が何だかですよね!えんじの考えることなんてたかが知れてますけど!
一応いろいろな設定とかこの後の展開とかもちょこちょこ考えてはいるのだけれども
続きを書くかどうかはわかりません。
可能性としては低いと思う。あああでもこういう設定の藍一大好きだ…!







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