まどろむ 「一護受15TITLE」(配布元) |
遠目ですら一目見ればわかるほど顔色が悪い子どもを放っておくことなど到底できず、声をかけた。 それが始まり。 * * * 「・・・申し訳ございません狛村たっ・・・!」 相変わらずの大声で、午後からの仕事の時間に遅れた理由を述べようとした射場は、隊首室に入った途端、己の口を両手で塞いだ。 敬愛する隊長の傍らに、橙色の頭が見えたのだ。 それは黒崎一護という尸魂界ではちょっとした有名人の少年のもので、座る狛村の膝の横で無防備な顔をして眠っていた。 すぐに目に飛び込んでくる鮮やかな色の髪の毛を、狛村がゆったりとした手つきで梳いている。 「失礼いたしました隊長!黒崎殿がいらしていたのですね!」 まだ口を押さえたまま、射場が慌てて小声になる。少々くぐもった声になったが、鋭い聴覚を持つ狛村には十分にその声は通った。 「ああ・・・また追いかけられていたようだ。」 「それはそれは・・・。」 呆れを滲ませた狛村の言葉に、射場も苦笑した。一護が尸魂界に来るたびに繰り広げられる壮絶な鬼ごっこの風景を頭の中に思い浮かべたのだろう。 「んん・・・?」 「「!」」 小声で話していたにも関わらず、どうやら二人の会話が聞こえてしまったらしい。まだ眠りの淵に立つか立たないかという状態だった一護はうっすらと目を開いた。 焦点の合わない目が、狛村の姿を捉える。 「あ・・・、な、んだ?」 まだ寝ぼけているようだ。懸命に目を開けようとする仕草と掠れた声の微笑ましさに、二人とも穏やかな笑みを浮かべた。 「何でもない。眠っておれ。」 「ん・・・。」 その両目を狛村の大きな手が覆う。少し身じろぎした後、あっさりと一護は意識を手放した。 「・・・隊の奴らには出来る限り静かにしておくように伝えておきます!」 狛村が頷くと、ようやく両手を口から外した射場はきびきびとした動作でその場を離れた。あの少年が来れば狛村の仕事の時間が減ってしまうが普段真面目に勤務をこなしているので問題は全くない。それに一護が来ると普段よりも狛村の機嫌が格段に良くなることを射場は知っていた。 隊長が心安らかになるのなら、射場にとっては願ってもないことである。 いっそ一護を七番隊に配属させることはできないだろうか、と隊長思いの副官はかなり本気で考えた。 * * * 射場が去った後も一護の髪の毛を梳きながら、狛村は過去に思いを馳せていた。 ほんの少し前のこと。一護がこうして七番隊に来るようになったのは、狛村が声をかけたことがきっかけである。 ただでさえ死神業と高校生を兼任している一護は忙しい。昼は学生、夜は死神として、毎日ではないものの寝る間を惜しんで仕事をしなければならないことがある。その時期は運悪く連日虚が出現し、加えて期末試験への勉強もしなくてはならなくなり、何事にも手を抜けない性格の一護は無理がたたってそろそろ体が限界に近づいていた。 それでもようやく期末試験最終日を乗り越え尸魂界に来てみれば、今度は一護に(並々ならぬ)興味を持つ死神たちから追いかけられる始末。平死神であれば容易に撒けるが、それに副隊長や隊長が混じっていれば相当本気で逃げなければならない。 そんな時、肉体も精神も疲労のピークに達していた一護に救いの手を差し伸べたのが、狛村である。 自分のところならば邪魔する者もいないだろうから、休んでいくといい、と。 疲れきっていた一護は、迷わずその手をとった。あまり狛村のことは良く知らないのに信用していいのか、とか、狛村の迷惑になるのではないか、とか、いつもの一護なら真っ先に考えそうなことは頭に浮かぶ暇さえなかった。 そうして狛村は尸魂界で一護に初めて静かで穏やかな場所を提供してくれた恩人になったのである。 以来、他の死神に追いかけられたり疲れたりすると、こうして一護が狛村のところへやってくるようになった。狛村の隊首室で眠る一護の姿に射場は初めこそ驚いたものの、今では積極的に協力してくれている。 狛村は、自分がこの少年のことを気に入っていることを自覚していた。 只でさえ人目を引く存在であったし、幼いながらも強い意志を持つ姿は見ていて気持ちが良い。自分の異形の姿を見ても、構わず懐き、こうして傍で無防備に眠ってくれるのが嬉しかった。 心から、愛しいと思う。 だから自分にできることは何でもしてやりたいと思うのだが、他の死神のように、共に稽古をしたり何かを教えてやったりという機会もあまりない。 (ならば、せめて―――。) 穏やかな顔で眠りにつく一護の顔をじっと見つめる。いつも浮かべている眉間の皺は消え、すっかり安心した表情で眠る愛しい子ども。 「この時間だけは・・・何があっても守ろう。」 例えささやかなものであろうとも、一護に与えてやれる唯一のものだけは、己の全力で守ってやりたい。 狛村は眠る子どもと自分だけに、静かに誓いを立てた。 |
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