ざあざあ、と。
 いつもは人の話し声や生活する音、また死神への好奇や羨望や畏怖の入り混じった視線を感じる流魂街だが、今日は激しい雨の音しか聞こえない。
 人口の音を耳に入れるよりも自然の音のほうがいい、と浦原喜助は差していた傘を少しあげて灰色の空を見た。
 厚い雲から大粒の水滴が絶え間なく流れてくる。地面に当たった水は勢い良く跳ね上がり、足元を容赦なく濡らしていた。
 (つまんないッスねぇ・・・。)
 浦原は現世に行った帰りだった。虚退治をして、いつもならすぐに瀞霊廷にある仕事場か自分の家にまで帰るのだが、どうにも今日はそんな気分になれず、ふらふらと流魂街を彷徨っている。
 死神は流魂街の住人たちにとってあまり歓迎されるべき対象ではない。だから死神たちはここにに足を踏み入れようとしないのだが、浦原はたまにこうして足を運んでいた。
 長い年月同じことを繰り返して、生きることに飽き飽きしている自分にとって、何か目新しいことはないものか、と。
 (―――?)
 ふ、と。違和感というべきだろうか。
 雨の音と、自分しか存在しないと錯覚してしまいそうなほど静かな世界の片隅で、何かに呼ばれたような気がした。
 少し集中して辺りを探ってみる。気のせいにしてしまうには、何だか惜しい気がして。
 (―――見つけた。)
 ごくごく僅かだが、感じる霊圧。それはそこに人がいるという証。
 「・・・折角ですから、行ってみまショ。」
 久しく感じていなかった期待感を胸に抱きながら、浦原は一瞬でその場から消えた。



 * * *



 モノクロームの世界の中、鮮やかなオレンジ色。
 外観に埋もれてしまうことなく存在したその極彩色に、浦原は思わず歓喜の声を上げそうになった。
 よくよく見るとそのオレンジは少年の髪の毛の色だった。年のころは14、5歳くらいだろうか。未発達の体を、ぐっしょりと濡れた着物が張り付いて細さを強調している。僅かに霊圧は感じるものの、着物は至って普通のものであったしこんな髪の色を瀞霊廷でみたことはないから、死神ではないだろう。 顔はまるで空に挑むかのように上を向いていたから、その細部までは伺えなかった。
 「・・・こんにちは。」
 その顔を自分のほうに向かせてみたい、という欲求に従って、浦原は少年に声をかけた。無反応の少年に聞こえていないかと思ったが、随分間を置いてからのろのろと少年の顔が浦原に向けられる。
 眉間によせられた皺が残念だったが、少年は存外整った顔をしていた。ぺったりと額に張り付いた髪の合間から覗く目には、うつろな光を宿しており、それでもその視線の鋭さだけはわかる。
 いまだ幼さの残る頬のラインを伝って流れる雨が、涙のように見えた。
 「・・・誰、アンタ。」
 掠れた声は、自分のものより若干高め。返事が返ってきたことが嬉しくて、浦原はへらりと笑う。
 「浦原と申します。ね、そこで何時までも雨に晒されてたら、風邪ひいちゃいますよん?」
 くしゃり、と少年の顔が歪んだ。それから今まで浦原に向けられていた目を地面にうつす。
 (あら、残念。)
 折角自分に向けられていた視線が外されたことが残念で、何を見たのだろうと少年の目線を追うと、平らな地面に不自然にもりあがった二つの山が見えた。
 ―――それはまるで、誰かの墓のような。
 少年の様子を見て、自分の予想は外れたものではないんだろうな、と浦原はあたりをつけた。別にここでは珍しいことではない。良くも悪くも流魂街は弱肉強食の制度に支えられて成り立っている。恐らく、少年の大事な誰かが何らかの不幸な結果、死に至ったのだろう。更に視線を移し、少年の手を見ると、土と血がついたボロボロのものだった。
 つまりこの墓は作られてから間もないということで、少年は墓を掘って死体を生めて、それに土をかけて暫く雨に当たり続けていたことになる。言わずもがな、その身体は冷え切っているに違いない。
 「・・・家に帰って、温まって、ついでにその手を治療したほうがいいですよ。ここにそのままいたって、何にもなりゃしない。」
 (アタシは間違っても世話好きのタイプではないんですけどねぇ。)
 今更ながららしくない己の行動に溜息をつき、少年に声をかける。普段の浦原なら目にも留めないことなのだが、何故かこの少年には心を強く惹かれたし、そのまま雨に濡れ続けて風邪でもひかれるのは嫌だった。
 「・・・帰りたくねー・・・から・・・。」
 ぽつり、と返された返事は小さなもので、なのにはっきりと浦原の耳に届いた。
 その瞬間、にやり、と自分の口端が持ち上がるのがわかる。
 (おや、ま。)
 二つの墓に目を向けたままの少年は、浦原の様子には気付かない。
 (何て嬉しいお返事。)
 このまま少年がこの場を動かず雨に濡れ続けるのを嫌だと思った一方で、帰したくないと思ったのもまた事実。それを少年が帰りたくないと望んでくれるのなら。
 ならば、自分はその願いを叶えようじゃないか。
 「それじゃ、アタシの家にいらっしゃいな。」
 返事はきかず、少年の細い手首を掴むと、浦原は勝手に歩き出した。ひんやりと冷たい感触に、急がねばと考える。
 引きずられるようにして連れて行かれる少年は、暫くしてようやく事態に気付いたらしく、遅い抵抗を始めた。
 「ちょっ・・・ウラハラ、さん?何考えて・・・!」
 ああこの子どもに名前を呼ばれるのは悪くないなぁ、などと考えて、浦原は笑った。こんなに楽しく思ったことは本当に久しぶりのことだった。
 「ね、貴方死神になりません?」
 「はぁ!?つーか手を離せ!」
 「まぁそれはどうでもいいんですけど。そうそう名前を聞いてなかった。アタシは貴方のこと何て呼べばいいんですか?」
 「てめっ・・・人の話を聞け・・・!」
 「言わないなら勝手に決めちゃいますよー。そうですね・・・ポチ、とか!」
 「黒崎一護だ!変な名前勝手につけんな!!俺は犬か!」
 一護、と名乗った少年が暴れるから既に傘は役割を果たさず、諦めてその辺に放ってきた。二人でびしょびしょに濡れながら瀞霊廷までの道を行く。
 最初に思ったより、一護は口汚く気が強かったけど。


 こんな拾い物は悪くない、と浦原は笑った。










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