攻防




 ウラハラキスケという人物に引きずられて連れてこられたのは、馬鹿でかい屋敷だった。門構えからして立派なもので、まるで自分が現世にいた頃遠くから見た敷居の高そうな高級料亭に近い和装の家だったものだから、どうにも気後れして足が止まりがちになる。けれども浦原はそんな一護に頓着する様子もなく綺麗に手入れされた庭を突っ切って、悠々と玄関を開けた。
 ここに来るまで二人して雨に濡れ続け、お互い髪の毛や着物に存分に水を吸っている。埃一つ落ちていないほど磨かれた入り口も、すぐにびしょびしょになってしまった。
 帰りたい、と一護は切実に思う。
 こんな高そうな家が目の前のふざけた男のものというのも信じがたいが、自分がそんなところにこんな濡れ鼠な状態で連れて来られたこの現状のほうが信じがたい。確かに家には帰りたくないと言ったが(そしてそう言ったことを、少なくともこの男に言ってしまったことを既に後悔している)、だからってその言葉を真に受けて今日初めて会ったまだ碌に話しても居ない人間を自宅に連れてくるのは人としてどうなのか。
 隙を見て逃げようかと考えていたが飄々としている割には目の前の男には隙がない。結局促されるま終着点に着いてしまった。その終着点が一護にはまるで地獄の入り口のように思えるが。
 (あー・・・一体俺どうなるんだろうな。)
 半ば諦めつつ遠い目をしていると、玄関の物音が聞こえたのか、大柄の男が姿を見せた。丸い眼鏡に髭を生やした巨漢は、そのイメージからかけ離れたことにエプロンを身に付けている。男は二人の姿を見ると驚いたように息を詰めた。
 浦原が男を「テッサイ」と呼ぶ。どうやら使用人らしい。
 「この子のこと、お風呂に入れてくれる?」
 「・・・は、かしこまりました。」
 「は?」
 浦原の言葉に一護は慌てた。確かに一護はびしょぬれだが、浦原とて同じ条件だ。できれば風呂なんて借りずにさっさと退散したいところだが、仮に風呂を借りるとしても家主の浦原が先に入るのが当然である。
 「いや、ちょっと待て!アンタ入れよ!」
 「え、一緒に入りたいんですか?黒崎さんのエッチ☆」
 「ちげぇ!アンタが、一人で、先に、入れ!!」
 ふざけた返事にくらくらする頭を宥めながら、わざわざ一語一語くぎって強調する。何というかどうしてこう浦原という男はこうなのか。
 始め見たときから普通じゃないとは思っていたが、ここまでおかしいと怒りを通り越して涙が出てくる。現世で生きてきた時から自分の周りには変わった人間が多かったはずだが、どう贔屓目に見ても自分が見てきた人間の中でこの男が一番の変人であることは間違いなかった。
 一護の怒鳴り声も何処吹く風で、浦原は気の抜けた笑顔を浮かべる。
 「だって黒崎さんの方がずっと雨に打たれて冷え切ってますでしょ?・・・それにアタシはこれからすぐ、人に会ってこなきゃならないんで。」
 「だったら風呂入ってから行けよ・・・。」
 「だから急ぎなんですって。用事自体はちょっとで済みますから、アタシが帰ってくる前に黒崎さんがお風呂入れば時間も無駄にならないでしょ。」
 「・・・・・・。」
 それでも納得しない様子の一護に、浦原は何か企んだような笑みを浮かべるとそっと近づいて一護の耳元に口を寄せた。
 ひっそりと、わざと艶を含んだ声で囁いてみる。
 「あんまり我侭言いますと・・・このまま貴方のこと抱えあげてから、無理矢理一緒にお風呂入っちゃいますよ?」
 ばっと勢い良く一護が浦原から離れた。顔を真っ赤に染めて怒りを込めた目で睨んでくる。
 それがまるで毛を逆立てて警戒する野良猫のように見えて、浦原は笑みを深くした。
 「―――ってわけで、アタシは行ってきますから。後は宜しくね、テッサイ。」
 「は。いってらっしゃいませ。」
 足音も立てずに浦原が姿を消すと、暫く一護はその扉を睨んでいたが、我に返ってテッサイと呼ばれた人物に向き直った。感情の見えない表情にやや怯んだが、とりあえず口を開く。
 「―――じゃ、俺もこれで。」
 元凶が去ったことをこれ幸い、と思い、頭を下げてその場から逃げようとした。大体、テッサイにしてもこんなどこの輩ともしれぬ子どもが主人の家に上がることをよしとはしないだろうと思いそうしたのだが、扉をくぐるよりも早くテッサイの身体が玄関と一護の間に回りこんだ。
 見かけよりも、動きは俊敏らしい。
 「・・・・・・。」
 「僭越ながらこのテッサイ、主人から受けた命令を無視するわけにはいけませぬ。お風呂場まで案内させていただきます。」
 「いや、でも・・・迷惑だろうし・・・。」
 「黒崎殿。」
 帰りたい、と思う。そもそも自分はうっかり変な男に連れてこられただけであって、風呂を用意される謂れもこんなに丁寧に接される覚えもない。だから心から帰りたいと思っている。なのにそこで折れたのは迫力負け、というものか。それ以上一護が帰ろうとすれば何だか泣き出さんばかりにうろたえるテッサイに、一護は渋々従った。
 (明らかに俺もテッサイさんも被害者だ・・・。)
 加害者は勿論浦原である。怒りをぶつけたい相手はさっさと逃げ出して、別の人間を―――テッサイを説得役にあてるのは卑怯だと思う。断り続ければテッサイの迷惑になることがわかりきっているから、強くは出れない。
 (仕方ねぇ。帰って来たら奴に盛大に文句を言ってやる。)
 そう、無理矢理結論付けて、とりあえずは冷え切った身体を温めるために、テッサイに案内されるまま一護は風呂場へと足を進めた。












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