浦原が所用を済ませ自宅に戻ると、既に一護は風呂から上がった後で、テッサイから客間で待っている旨を伝えられた。
 すぐに話したいと思ったが、さすがにずぶ濡れのままで長くいすぎた。とりあえず身体を温めるために風呂に直行する。
 十分に温まってから客間に向かうと、ご丁寧にも一護は正座をして待っていた。
 「ありゃりゃ、楽にしてていいですよん?」
 目が合えば、ふいとそらされる。どうやら相当ご立腹らしい。まぁそうされるだけの覚えもなくはなかったから、浦原は苦笑するだけにとどめる。
 一護の真正面に座ると、ぽつり、と一護が声を漏らした。
 「・・・黒じゃないんだな。」
 何のことを言われているのかわからず首を傾げる。一護の視線を辿れば己の着物があり、納得したように頷いた。
 どうやら死覇装のことを言っているらしい。濡れたそれは既に着替え、今は緑を基調にした着物を身に纏っている。
 「ああ、流石に自宅であれはちょっとね。」
 「つーかアンタ死神?」
 「今更ッスね。」
 浦原が死神であるということを、一護はようやく認識したらしい。感心したように頷いている。
 「だからこんな広い家住んでんのか。死神って儲かるんだなー。それともアンタ実は偉い人?」
 「・・・さぁ?普通じゃないッスか。」
 嘘だ。
 実を言うと浦原は数多く存在する死神達を束ねる13人の隊長の内の1人である。それだけでも十分この瀞霊廷で権力を有していることになるのだが、更に技術開発局の創始者にして初代局長という立派な肩書きまで持っている。
 それを一護に伝えなかったのは別にもったいぶったわけではなく、ただ単に知らなくていいと思ったからだ。流魂街出身の割りに浦原が死神だと知っても怖気つかない一護のことだから大丈夫だとは思うが、面倒でしかない肩書きをつらつら並べ立てて、目の前の少年が態度を変えるのが嫌だった。
 「―――失礼します。」
 そのとき、襖を開けてテッサイが入ってきた。手には大きな盆が載っており、その上に色とりどりの料理が並んでいる。このテッサイという男は見かけの割りに家庭的な仕事が得意で、彼の作る料理は繊細な味付けがしてあり非常に美味い。どうせおなかが減っているだろうから、と風呂に入る前に一護の分と自分の分の食事をテッサイに頼んでおいたのだ。
 正直、テッサイの料理の味を気に入ってくれればと、餌付けの意識もなかったわけではないが。
 「ありがと、テッサイ。」
 「いえ、これが私の仕事ですから。黒崎殿の口に合えばいいんですが・・・。」
 一護は目の前に並べられている料理を呆然と見つめて、すぐに我に帰った。
 「えっ、ちょ・・・!いいよ、俺もう帰るから!」
 さすがに風呂まで借りて、その上食事まで貰うなんて図々しいことはできない(湯気をたてた料理はとてもおいしそうな匂いがしていたけれども!)。巻き込まれたとはいえ自分は部外者なのだから、浦原に盛大に文句を言うだけ言って、それからテッサイに湯を借りた礼と突然の来訪の謝罪をしてからすぐに帰るつもりなのだ。
 半ば腰を浮かしかけた一護を止めたのは、浦原の一言だった。
 「―――帰れませんよ?」
 「へ?」
 きょとんとした顔をする一護とは対照的に、浦原の顔はひどく楽しそうだ。懐から一枚の紙を取り出して、一護の目前に差し出す。
 「アタシが死神だって言うのはわかりましたよね?それでここは瀞霊廷。死神だけが入れる特別な場所です。そこに一般人の一護さんが入れたのは、アタシが無理矢理門番を説得したからで、さっき一番のお偉いさんに正式に許可書をもらってきました。それがこれです。」
 「お前、用事ってそれのことだったのか・・・?」
 差し出された許可書には、達筆な筆文字で何事かが書かれてある。あまりに流麗すぎるそれは一護に判別不可能のものだったが、辛うじて読み取れる文字から類推すると、浦原の言葉に嘘は無さそうだった。
 「それでここからが問題なんスけど。」
 ぴし!と指先を突きつけられて思わずのけぞる。
 「これ、入ってくることにたいしてだけの許可書なんですよね。」
 「・・・あ?」
 言われたことの意味がわからなくて、間抜けな声を上げた。
 「一護さんがこっから出る許可は出てないんですよ。つーまーり、一護さんが無理矢理瀞霊廷から出ようとしたら、脱走者ってことで捕まっちゃうんですよね☆」
 てへ、という擬音がつきそうな笑い顔の男の言葉に一護は目を剥く。
 脱走者、という聞きなれない単語が自分の身に当てはまるのだと、数十秒かかってようやく気付いた。
 勝手に連れてこられて、帰ろうとすれば、犯罪者に決定してしまうらしい。
 「・・・っざけんな!」
 かっと頭に血が上って、力の限り目の前にあった机に拳を振り下ろす。硬質な音が響いたが、どっしりと質量のあるそれは、一護の力などではびくともしない。
 寧ろ只でさえ傷だらけだった一護の拳(一応テッサイが最低限の治療はしてくれた)のほうが悲鳴を上げたが、そんなことには構ってられなかった。
 「お前どういうつもりだ!」
 「どういうつもりって・・・?」
 「何でそんな勝手なこと・・・!!」
 「だって一護さん、帰りたくないって仰ったじゃないですか。」
 確かに言った。そう言ってしまったけれども。
 それでも無理矢理こんな場所に連れてきて挙句もう帰れないなんて、それは余りにも乱暴ではないのか。
 「それに・・・。」
 にっこりと、一護を振り回して止まない大人が笑みを浮かべる。
 場違いなほど綺麗な笑みに、一瞬一護は今の状況を忘れた。
 「貴方にあんな顔をさせる場所に、アタシがもう行かせたくないんですもん。」
 どこまでも、身勝手な発言だった。
 一護は思わず机に突っ伏してしまう。
 いい大人が、恐らくは地位も財産も持ち合わせた大人に「〜もん」などと使われてしまった衝撃は大きい。
 暫くすると突っ伏したままの一護の方が震えだしていることに浦原は気付いた。怒りのためかと思ったが、微かに喉の奥から堪えきれない声が漏れている。
 「・・・一護さん?」
 もしかして、笑っている?
 浦原の呼びかけに、一護は顔を上げた。浦原の予想通り、一護の顔には今までのように痛みを耐えるような渋面でもなく、呆れたような顔でもなく、ただ穏やかな笑み。
 男に使う形容詞ではないだろうが、浦原はその笑顔を華が咲くようだと思った。
 「お前・・・子どもみてぇ。」
 「ッ・・・え、ええ。子どもなんです。だから貴方が傍にいて面倒見てくれなきゃ。」
 「バァカ。」
 己を罵る言葉であるはずなのに、その言葉は酷く心地よいものとして浦原の耳に届く。恐らく一護の言い方も関係しているのだろう。笑えばこうも雰囲気が変わるなんて。
 傍にいて欲しいと痛烈に思った。さっきあ会ったばかりの子どもに本気でそう願う。
 そのためなら多少卑怯と呼ばれる手段も厭わない。
 「犯罪者になりたくないなら、ここに居てください。」
 断られたら監禁しかねないくらいの必死さで浦原は言葉を紡ぐ。その様子を感じ取ったのかそれともそれすらもどうでもよかったのか。一護はことりと首を傾げたまま浦原を見つめた。
 「俺、口悪いぞ。」
 「構いません。」
 「何かアンタ偉い人っぽいけど、嫌だと思ったら絶対従わねぇし。寧ろ実力行使に出る。」
 「望むところです。」
 従うだけの人形なら浦原はこうも拘ったりはしない。ただこの少年だから、この魂だから惹かれたのだ。
 口の悪さなど可愛いもの。嫌だと抗うのなら、こちらも抵抗なり恭順なり、己の思うままに対応してみせる。
 「じゃあ・・・仕方ないから居てやるよ。」
 不遜とも取れる口調で、一護はそう宣言した。浦原の言葉は脅迫にも近かったが、応える声には恐怖も媚も、逆に奢るような響きもない。それどころか、寧ろ楽しそうにも聞こえる。
 申し出を受けてくれたことに浦原が心から礼を言うと、一護はただ笑った。












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