美味しく召しませ




※R-15 パラレル









 「た・・・食べてもいいぞ。」
 決死の覚悟で、一護は何とかそれだけを口にした。その一言の為に心臓はバクバクと脈打っているし膝の上で握った掌に爪が食い込んで痛い。
 そんな一護を恋次は大きく見開いた目でこちらが気まずくなるほどまじまじと見つめる。一護を食べたいと言い出したのは確かに恋次だったが、まさか合意が得られるのは思ってもいなかったのだろう。呆気に取られた顔は、時間が経つにつれひどく男くさい笑みに変わった。
 「喰ってもいいのか?」
 「う・・・いい。」
 男に二言はない!とばかりに一護は胸を張る。
 実際一護はかつて恋次に初めて出会った瞬間、もといこの死に損ないの命を救ってもらった瞬間から、自分の生殺与奪の権利は恋次に委ねていたのだ。恋次が一護を食べたいというのなら―――そりゃあかなり抵抗はあるが―――構わない。恩返しの一環だと思えばいい。
 しかし食べるとなると・・・ちょっと腕の先を齧るくらい、ではやはり済まないのだろう。恋次は身体も大きいし、その程度では腹も膨れないに違いない。この身まるごと全部ぺろりと平らげてしまうのだろうか。
 一護は緊張に震えながら恋次のもう一つの姿を思い描く。獅子のように鬣が波打つ、真っ赤な美しい獣。
 あまり落ち着いた場所できちんと見たことはないから大体だが、身の丈は3m近くありそうだった。前足も太く大きく、きっと簡単に一護の頭蓋骨くらい粉砕してくれるだろう。人の姿をとっているときの刺青はそのまま身体の模様になり、焔の様に紅い毛並みは陽の光に晒されるとキラキラと金色に輝いて、とても綺麗だった。
 その美しい獣に食べられるのならば、本望だ。―――一緒に入れなくなるのは少々寂しいが。
 やはり食べる時は獣の姿に、という一護の予想を裏切り、恋次は人の姿のまま一護のほうに近付いてきた。覚悟は決めているが、死に対する本能的な恐怖に身を引きそうになる。それに笑って、恋次は逞しい腕で一護を引き寄せた。
 最期だからだろうか。とても優しい笑みだ。
 そのままゆっくりと身を横たえられ、恋次が覆いかぶさってくる。身体を固く強張らせたまま、これだけは言っておかねばならないと一護は慌てて口を開いた。
 「れっ、恋次!」
 「あん?」
 「できるだけ一瞬で終わらせてくれ!」
 食べられるなんてやはり怖いし痛そうだ。やめてくれとは言わないが、痛みも感じないくらいあっという間に終わらせて欲しかった。欲を言うならば噛まずにいっそ一飲みにしてほしい。
 が、恋次はあっさりと首を横に振る。
 「それじゃつまんねぇだろ。」
 「つ!?」
 つまんねぇって!?
 どれだけ友人として親しく付き合ってきたとは言っても、結局恋次は肉食獣ということか。慈悲も何もない言葉に一護は青褪める。
 「俺はできるだけ長く愉しみたい。」
 「いいい痛いのは嫌だ!」
 「・・・あー、その辺はまぁ、何だ。俺も頑張るからお前も耐えろ。」
 「耐えれるもんなのか!?」
 「多分な。」
 そんな心許ない返事では不安になるだけだ。かなり本気で逃げたい気分になってきたが、恋次の顔が近付いて来たので、それもできない。一護はただこれから自分の身に起こりうる運命を思って、ぎゅっと目を瞑った。



 * * *



 匂いをかぐように髪の毛や肌に鼻を寄せられ、時折ぺろりと舐められる。そのたびに身を竦ませるが、味見でもしているのだろうと思い一生懸命耐えた。
 この身体の味はどうなのだろう。女のように柔らかくはないが一応若いことだし、どうせ食べられるのなら美味しいと思われたい。
 しかし直接聞くのも躊躇われて、ついでに恐怖に目を開けることもできず、一護はじっと目を瞑って恋次のしたいようにさせていた。
 ただ唇を啄ばまれる辺りになって、やや疑問を感じ始める。そのまま舌が中に入り込んできた瞬間、思わず恋次を跳ね除けてしまいそうになった。
 これも味見なのだろうか。生憎ただの人である一護には人を食べる際のマナーなんてものはよくわからない。咥内を丹念に弄られながら一護はそんなことを考える。
 その内だんだん頭がぼうっとしてきて何も考えられなくなった。時折息継ぎをする機会は与えてくれるが息が上がって満足に酸素が補給できない。もしやこのまま窒息死させる気かなと馬鹿げたふと考えが浮かんだ頃にようやく解放された。
 じわりと熱く火照った一護の身体から、恋次の大きな手が衣服を取りのぞいていく。
 成る程確かに食べるには衣服が邪魔だろう。鶏だって食べるには羽を毟るわけだし。
 まるで赤子のように他人の手で服を脱がされるのは恥ずかしいような気もしたが、一護は大人しく服を剥かれた。
 一糸纏わぬ姿になった一護の喉元に、恋次ががぶりと噛み付く。
 「ヒッ・・・!」
 とうとう死の瞬間が!?と一護は身を竦ませたが、恋次はあっさりと離れ代わりにその場所を労わるように舌を這わせた。多少痛みは感じたがこの程度ならば精々血が滲むくらいだ。「長く愉しみたい」という宣言通り、まだ肉を食べる気はないのかもしれない。
 しかしこのまま戯れのような触れ合い―――現在のようにあちこちに手を這わされたり舐められたり齧られたりというようなことをしていたら、一護のほうが、その、少々大変なことになるような気がする。
 どうしたものかとぐるぐる悩んでいるうちに、恋次の手が一護の中心に触れ始め、たまらず頓狂な声をあげた。
 「恋次ィ!?」
 「何だ?」
 答える声は非常に楽しそうだ。ついでに表情も声に違わず楽しそうだ。
 一護は涙目で嬉々とした恋次の顔を見上げる。
 「た、た、食べるんだよな?」
 「おう、喰うぞ。」
 食べるならばそんなところから手を離して欲しい。が、その願いも空しく恋次の手はどんどん一護を追い詰めていく。
 「れ、んじ。や、待っ・・・。」
 図らずも息が上がり、甘えるような鼻にかかった声が零れる。恋次の手を止めるようにその腕に己の手を重ねたが、恋次は一護の耳朶を柔らかく噛んで、一護の全身から力を奪った。
 「いい子だから・・・大人しくしてろ。」
 「ふ・・・っあ!」
 先端を爪で引っかくようにされたらあっけなく理性は崩壊する。食べるとか食べないとか、もうどうでもよくなって、一護は縋るように恋次の背に腕を回した。



 * * * 



 気が付いたら恋次に抱きかかえられるような姿勢で目が覚めた。
 「生きてる・・・。」
 二度と拝むことはないだろうと思っていた朝日が目に眩しい。
 昨日は痛くて辛くてとんでもない目にあうと覚悟していたのに(実際確かにちょっと痛かったし挙句とんでもないことだった)、それよりも、その、何というか、・・・気持ちよかった。
 おまけにまだ一護は生きている。少々”食べられた”影響でとんでもないところが痛いしあちこちに齧られたり吸われたりした跡が残っているが一応五体満足で元気だ。
 これでも一応食べられたということになるのだろうか。果たして恋次は満足したのか。
 ふと近くで眠っている恋次の顔を覗きこむ。眠っている間は眉間の皺も取れて目つきの悪さも隠れ、普段の恋次より幼く穏やかに見える。少し可愛いなどと思ってしまった。
 「・・・まぁ、いっか。」
 何やら考えていたものと違う結果になってしまったが、まだまだ自分はこの美しくて優しい獣の傍にいることができるらしい。どうせなら、まだ一緒に暮らせる方が嬉しいに決まっている。
 自分を抱きこむ腕や近くの体温が心地よくて、一護は再び睡魔へと身を委ねることにした。










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