愛を乞う人





 ―――結局、あんときは怒られたけどな。
 過去を思い出しながら、市丸は密かに苦笑する。先日無事学院を卒業した市丸をはじめとする新人死神には、配属されるまでに三日という短い期間ながらも休みを与えられる。家族や大事な人に久々に会い、死神になる喜びを分かち合うようにという配慮だろう。だから市丸も、こうして記憶の中にある一護と過ごした小さな家を目指し、覚えたばかりの瞬歩を駆使している。
 初めて名前を呼んだ時、一護はその呼び方に不満があったらしい。「“ちゃん”って何だよ!」とようやく再会した市丸に怒鳴ってきた。そう呼んだらあかんの?と小首を傾げたらそれから何も言わなくなったが。あのときは意味が分からなかったけれども、今ならわかる。一護は小さいものに弱い。だから不本意な敬称をつけられてもまだ子どもだった市丸にそれ以上強く言えなかったのだろう。そうしてそのまま慣れたというか、諦めてしまったようだった。
 見ず知らずの子供を拾って、名前を呼んで、食事を与え。悪いことをすれば叱り正しいことをすれば褒め、夜は一緒に眠ってくれた。本当に優しい人。
 よくどこかへふらりと出掛け、数日、長ければ一か月近くいないこともあったり、自分のことは語りたがらなかったりと謎は多かったが、それでも必ず自分のもとへ帰ってきてくれるのだと、傍にいてくれるものだと市丸は信じて疑っていなかった。
 だからこそ、あの日の一護の言葉が不思議で仕方がなかった。
 『お前は、死神になれ。もうここへは来るな。』
 本当に、突然だった。そのときは珍しく一護が長く家におり、嬉しい反面何か難しい顔で考えて込んでいることが多く、市丸も気にしてはいたのだ。
 だがまさかそんなことを言われるとは思わなかった。
 拾われた当時とは変わり、市丸の小さな身体も一護と変わらないくらい伸びているところだった。まだ成長痛が治まっていなかったから、恐らく自分は一護の身長を抜かせるだろうと密かに楽しみにしていたのだ。
 それと同時に精神的にも成長し、市丸は一護への恋心を密かに自覚し始めていた時だった。親のように慕うだけではなく、一人の人間として、男として一護の傍にいたいと思い始めていた。
 『ここでは死神が一番安定した職業だ。それになれば一人でも生きていけるだろ。お前も大きくなったし俺が面倒みてやる必要もない。真央霊術学院への入学手続きはしておいてやった。…俺からの最後の選別だ。』
 しかし、一護はそう言って市丸を突き放した。何故、厭だと喚く市丸に首を横に振るばかりで。
 

 考え事をしながら移動していたら、いつの間にか目的の場所へと着いていた。二人で過ごした小さな家は、市丸の記憶の中の外見よりも古く荒れ果てており、一見すればもう人の気配が欠片も残っていないことがわかる。
 それでも諦めきれずに、市丸は崩れ落ちそうな扉を開いた。中は埃と隙間から入り込んだ葉っぱや枝が散乱しており、ますます一護の気配は感じられない。
 「…やっぱり、おらん…か。」
 深くため息をつく。もしかしたら、という淡い期待は粉々に打ち砕かれた。一護の言うとおり死神になれば会って、昔のように一緒に暮らしてくれるのではないかと思っていたが、ここはもう一護が暮らす家でも、市丸がいていい場所でもない。あの日の一護の言葉はどこまでも本気だったようだ。
 市丸は躊躇いなく踵を返した。思い出は残っているが、一護がいないのならば市丸にとってこの場所は執着に値しない。
 じっと前を見据え、ただ足を前に運んでいく。
 会わない、という選択肢は市丸の中に存在しない。一護はこの世でただ一人だけ、市丸が心を預けた相手だ。絶対にこの手で再び捕まえてみせる。
 「どこに行けば会えるん?一護ちゃん…。」
 果てしなく続く道を見据え、市丸は小さく呟いた。












過去の没原稿を発掘。
ノリノリで着手し始めたらとんでもないページ数になることがわかり
潔く諦めた一品です。





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