似た者同士




 四番隊のベッドの上。頻りに傷の様子を窺っている大きな身体に清潔な包帯を巻きながら微笑して卯ノ花は説明する。
 「傷も浅く出血もそうありませんから早く治るでしょう。・・・ただ、場所が場所でございますから、目立つことは覚悟しておいてくださいませ。」
 「・・・そこを何とか。」
 大人しく治療されながら、唸るように狛村が訴えるが、卯ノ花は菩薩と讃えられる笑顔で「駄目です」と一刀両断した。
 「・・・しかし、こんなものを見られたらまた何を言われるか・・・。」
 「傷を負った場所を移動させることも傷そのものを消してしまうことも無理ですわ。」
 「覚悟を決めるんだね狛村。傷を負った君が悪い。」
 「東仙・・・。」
 現世へと虚討伐に出かけた狛村が怪我をして戻ってきたという報告を受けすぐに四番隊へと飛んできた東仙は穏やかに首を振る。
 これから起こり得る状況が、盲いた目の裏側にもありありと浮かび上がるようで、苦笑を禁じえない。
 そんな親友の様子に文句の一つでも返そうとした狛村は、一人の霊圧の気配を感じてその身を強張らせた。
 「ああ・・・来たようだ。」
 思ったよりも早かったと暢気に感想を述べる東仙が恨めしい。明らかに怒りを表している見知った霊圧が徐々に近付いていることを感じるほど狛村は隊長という地位も尊厳もかなぐり捨てて情けなくも逃げ出してしまいたくなるというのに。
 が、治療のためにと卯ノ花に腕をとられ、入り口を守るように東仙が立っているこの状況では、確かに覚悟を決めるしかないのだろう。
 無意識に唸り声を発すると同時。

 「てめぇっ!左陣!!また怪我なんてもん負って帰って来やがったな!!」

 鮮やかな橙色の頭が、建物を震わせそうなほどの怒号と共に飛び込んできた。



 * * * 



 無事狛村の治療も終え、「言い争いをするなら外でやってくださいね。ここには怪我人・病人がおりますから。」と笑顔で追っ払われ、狛村と東仙と一護の三人は七番隊までの道をぐるりと遠回りしながら戻る。―――正規の道を通って帰らなかったのはひとえに真面目に仕事している死神たちを二人の言い争いで驚かせないようにという配慮だ。
 一歩遅れたところで二人を見守る東仙をよそに、狛村と一護はもう何度目になるかわからない遣り取りを繰り広げている。
 「毎回毎回怪我すんなって言ってんだろ!!」
 「・・・軽いものだ。命に大事無い。」
 「当たり前だ!命に大事あったらぶっ殺す!」
 「お前言っていることが支離滅裂だぞ!大体虚退治に危険はつき物だとわかっているだろう!」
 「隊長が弱気なこと言ってんじゃねぇ!大方その怪我も隊員庇ってつけたもんだろが!!」
 「・・・ッ!そういうお前こそよく他の者を庇って怪我して帰ってくるだろう!!」
 「今はお前の話をしてるんだ!」
 例えその剣幕が大の男でも震えてしまいそうなほどのものであったとしても、護廷に入隊したばかりの頃から二人の親友というポジションについていた東仙には耳慣れたものでしかない。暖かい時期にしか姿を見せぬ鳥の鳴き声を聴いて一人季節の移り変わりに目を細めたりしている。
 そんな様子の東仙を察したわけではないだろうが、不意に一護は怒りのこもった目を後ろへと向けた。
 「・・・要も!左陣が虚退治に行くってこと俺に知られないよう口止めさせてただろ!」
 「私まで怒られるのか?」
 「教えてくれたっていいじゃねーかよ!」
 お互い結構な年数を生きていることはわかっているのだが、まるで子どもが駄々をこねるにも似た一護の様子に微笑を浮かべる。
 確かに東仙は狛村が虚退治に行くことも事前に知っていたし、それを特に一護には伝わらぬようにと口止めもした。そのこと自体を責められることは構わないのだが。
 「そういう一護こそ、虚退治に行く時はこっそり向かうだろう。」
 「ぐっ・・・!」
 狛村は東仙に事前に伝えるが(それは勿論もしものとき一護のストッパーになってもらうためである)、一護は誰にも言わずふらりと虚退治に向かう。
 それがどれだけ自分たちを心配させることか、わからぬ彼でもないだろうに。
 「それに君に伝えたら勝手に着いていってしまうからね。・・・隊の長としてそれは褒められた行動ではない。」
 「・・・どうせ零番隊は俺一人だ。長も何も関係ない。」
 「だからといって勝手に行動していい理由にはならないよ。」
 「・・・・・・。」
 むう、と膨れながら一護は押し黙る。一応、自覚はあるようだ。
 そろそろお互い言いたいことを吐き出しきっただろう、と見越して東仙は深く息を吐いた。
 「大体君たちはお互い自分の事を棚にあげすぎだ。一護だって何度も怪我をして帰ってくるし狛村もそういうとき怒るだろう。」
 同時期に山本に拾われ、それ以来兄弟のように互いを支え死神を目指してきた二人は互いを思いやる心が非常に深い。というか、東仙から見れば寧ろ相手のこと”しか”考えていない。
 裏を返せばそれは自分の身を顧みないということでもある。
 危険な任務―――主に死神で危険といえば虚退治であるが、それに向かえば5割の確立で怪我をして帰ってくる。一護も狛村も、隊長という地位に就くだけあってその実力は折り紙つきだ。・・・要は己の落ち度ではなく、共に任務に向かった隊員を庇って負う傷が殆どだ。
 そうするたびに無事だった方が怪我をした方を説教するのである。時々、東仙も似たようなことをするのでそのときには二人から説教される。
 「一護。心配したのなら心配したのだとそう素直に言いなさい。狛村も軽い怪我とは言え僕らに心配をかけたのは事実なのだから謝るなり礼を言うなりするべきではないのか?」
 「で、でも・・・。」
 「しかし・・・。」
 未だ文句のありそうな二人はもごもごと口を動かす。それを見て東仙はうっすらと笑みを浮かべた。
 「・・・それとも何かい?」
 例えその笑みが常のものと全く同じだったとしても、纏う雰囲気ががらりと変わる。長い付き合いの二人は一瞬にしてその様子に気付き、小さく悲鳴を上げて硬直した。
 「隊長だというのに頻繁に怪我を負ってきてそのたびに君たち2人分まとめて心臓が掴まれるような思いをしている私にまだ文句を言うとでも?何なら僕もそのたびに説教する側に回っても構わないんだが?」
 平和主義で滅多に感情を荒げない分、怒ったら一番東仙が怖いと十分身に染みて理解している一護と狛村は慌てて首を横に振った。
 「わ、悪かった・・・。」
 「・・・すまぬ。」
 ようやく聞こえた言葉に東仙も溜飲が下がる。
 やれやれと息を吐くといつの間にか止まっていた足を動かすよう二人を促した。
 すっかり大人しくなって前を歩いている似たもの同士を見ながら、音になるかならないか微妙な声を紡ぐ。
 一護と狛村の過去を知る者は、二人を「兄弟のように仲がいい」と評価する。けれどもずっと近くで見ていた東仙だけは、二人の互いを思う気持ちがそれにあてはまらないことを知っていた。そうして互いにその感情を隠していることも。
 「・・・そんなに大事なら。」
 ピクリ、と狛村の耳が動く。聴覚の発達している彼は囁き声すら容易に拾うだろう。
 「素直に、愛しいと、そう言えばいいんだよ。」
 今日一番の唸り声が狛村の口から漏れた。
 それを一護がきょとんとした顔で見る。何、と聞いても狛村は唸るばかりで答えない。多分それからまた言い争いに発展するに違いない。
 手のかかる大事な親友たちのその様子を見て、東仙は高らかに笑った。










狛村さん一護さん東仙さんが同期という異色ネタ。
まぁ要は対等に話す狛一が書きたかったんです。




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