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 京楽の住んでいる街の一角に、隠れた路地だという噂のある道があった。
 別に見つけづらいだとか、あまり人が通らないだとかいうものではなく、本来ならば”存在しない道”というものだ。
 それはヴァンパイアによって作られた、魔性の力によるもの。一度足を踏み入れたが最後、血に飢えたヴァンパイアの餌食になるより道はなく、二度と生きては戻れないのだという。
 「や〜…参っちゃったね?」
 どうやら京楽は、その件の路地に迷い込んでしまったらしい。
 いやぁこの街にもまだ自分の知らない場所があったんだねたまには散歩してみるもんだあっはっは、なんて笑って済ませてしまえばよかったのだが、この路地、ただの路地ではないことを主張するかのようにところどころ歪んでおり、気を抜けば背後の風景が変わっていたりする。…確かにこれではもう戻れないかもしれない。
 おまけにそんな路地の真ん中に、大の字になって寝ている人がいる場合にはどうしたらいいんだろう。
 「もしかして、これが例のヴァンパイア?」
 まるで浮浪者のように転がっているヴァンパイア(仮)は先ほどからぴくりとも動く様子がない。身に着けている衣服はこざっぱりとしていて、眼に見える限りの体に汚れや傷もないようだ。
 ただ調子が悪そうだということを、弛緩しきった体がはっきり主張していた。
 前にも後ろにも進めない状況で、京楽は迷った末にそのヴァンパイア(仮)に近づいてみることにした。油断させといて一気に襲われたらどうしよう、なんて心配を微かにしつつ、そろそろと顔を覗き込んでみる。
 「あーらら。」
 …ヴァンパイア(仮)は綺麗な顔をしていた。言ってしまえば、京楽好みの。
 これで見捨てられなくなってしまった。多分ヴァンパイア(仮)は男だと思うのだが綺麗なものに性別は関係ない。ついでに種族も関係ない。京楽にとっては。
 こんな綺麗な子なら殺されても本望かもしれない、なんてちょっと不埒なことを考えつつ、京楽はヴァンパイア(仮)の肩に手を置いて、そっとゆすってみた。
 時間を置いて、瞼が開く。チョコレート色の瞳が自分をゆっくりと認めるその様子に、京楽はちょっぴり感動してしまった。
 ぱちぱちと瞬きしたまま、ヴァンパイア(仮)がいかにも寝起きですという声を発する。
 「…あー…くそ。」
 どうやら、口は悪いようである。
 「また人間が迷い込んだのかよ…。」
 おまけに京楽の疑問を確信に変えるような発言である。じゃあやっぱりこの子人間じゃないのかーと感心しつつ、顔色の悪いヴァンパイア(仮)に声をかけた。
 「ねぇ、君大丈夫?」
 「あんまり大丈夫くない…。」
 「病院に連れていこうか?」
 問えば、苦く笑った。その顔にも答える声にも元気はない。
 「意味ねーよ。それにただの栄養失調だから気にしなくていい。」
 「栄養失調って…やっぱり君が噂のヴァンパイア?」
 「噂はどーかしんないけど、俺はヴァンパイア、だな。」
 やっぱり、そうらしい。それで栄養失調だというと、こんなに手間のかかる路地を作成していながら、ごはん=人間に恵まれてはいないようだ。
 のんびり顎に手をかけて熟考している京楽に、ヴァンパイアは面白そうな視線を向ける。
 「アンタ変な人間だな?危機感がなさすぎる。」
 「死にかけそうになってる君もね。お腹すいている割には僕のことを襲おうとしないし。」
 いらねぇよ、と彼は笑って眼を閉じると、路地の先を指差した。不安定に揺れていた風景がそこだけぶれなくなり、見慣れた町並みが映る。 「道は作ったから…帰れ。そんであんまりここには近づかないほうがいい。」
 何だか本当に、変わったヴァンパイアだ。一応餌になりうるものが目の前にあるというのに、それを逃がそうとしている。京楽は町の風景から興味なさそうに視線をずらすと、眼をつぶってしまったヴァンパイアをじっと見つめた。京楽にとっては帰ることよりも目の前の好みの少年をどうするかが重要な問題だった。
 やがて徐に頷くと、こっそりと己の口の中を歯で傷つける。故意に血を流すということは初めて試みることだったので、何回か失敗し痛い思いをしたが、どうにかうっすら口の中に血の味が広がった。
 そのまますっかり無防備なのをいいことに、目の前の相手の口に己のそれを合わせる。
 「んむっ!?んーッ!」
 まさかヴァンパイアも京楽がそんな行動に出るとは思わなかったのだろう。慌てて暴れようとする気配がしたが、血の味に気をとられたのか、やがてそれも収まっていった。
 暫く無心で、お互いの咥内を探りあう。
 離れたときには、呆然とした、それでも先ほどよりは調子のよさそうな顔色の少年がいて、京楽は満足げに微笑んだ。
 「元気になったかい?」
 呆気にとられていた少年の顔が見る見る赤く染まっていく。
 「あ、アンタ…。」
 「ん?アンタじゃなくて春水さんと呼んでほしいなぁ。」
 「…ッ馬鹿じゃねぇのか!?」
 地面が震えそうなほどの大声で怒鳴られると同時に、襟首をつかんでほうり投げ出された。流石にそれは人外だということを十分に伺わせるほどの怪力だった。
 「二度とくるな!」
 風景が回っているうちにそんな捨て台詞を投げつけられ、気がついたら既に見慣れた街中である。さっきまでいたはずの路地はどこにも見当たらない。追い出された、ようだった。
 「…怒られちゃった。」
 流石に始めて交わすキスにしては些かディープ過ぎたかも、なんて見当違いな反省をして、京楽は立ち上がる。ぱたぱたと着衣についたほこりを払って、路地があった(であろう)場所に優雅に一礼してみせた。
 「また来るね。」
 ウインクつきでそう言ったら少しだけ目の前の風景がぶれたような気がして笑みをこぼす。何だかとってもあの綺麗で可愛らしいヴァンパイアが気に入ってしまった。
 来るなといわれても気にしない。また倒れられてても困る。それにまだ名前すら教えてもらっていないのだ。
 とても楽しくなってきたものだ。京楽はスキップしかねない勢いで、次の再会に思いを馳せながら大通りを歩いていった。







妙に京楽さんへの反応がよかったです(笑)。







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