冷めた温度を




 コーヒーとお茶菓子を載せたトレイを片手に、重厚な扉を叩く。一回、二回。いつもなら三回目を叩こうかと言うときに返事があるのだが、今日は扉の向こうから声が届く様子はない。念のために三回目のノックも試みたが、やはり反応はなかった。
 暫し悩み、菊はドアノブに手をかけた。
 静かに扉を開け、机に向かう友人を見遣る。仕事をしている姿は常と変わらないが、今日は何やら重要な問題を抱えているらしい。彼の手に握られている万年筆は空中に文字を綴り続け、もう片方の手は彼の形良い額を覆っている。
 「―――ルートヴィッヒさん。」
 歩み寄って近くから声をかければ、漸く彼は顔を上げた。しかしその表情は険しいままだ。
 「お仕事中申し訳ありません。お茶の時間になったので持って参りました。宜しければ休憩いたしませんか?」
 「・・・ああ、すまない本田。そうか、もうそんな時間か。」
 ふう、と深いため息を吐き出して、ルートヴィッヒは背もたれに身体を預けた。万年筆から離れた手にコーヒーカップを渡し、短い礼の言葉に軽く微笑むことで応える。
 「フェリシアーノは?」
 「もうとっくにおやつを食べ終えましたよ。そのまま可愛い女性を見かけたといって外に出て行かれました。」
 「またか。全くあいつは・・・。」
 暫くルートヴィッヒは二人の同盟国であるフェリシアーノについてぶつぶつと呟いていたが、やがてむっつりと黙り込んでしまった。視線は机の上の書類に固定され、眉間には深い皺が刻まれている。きっと頭の中では目まぐるしく抱えている問題について思考を巡らしているのだろう。
 微動だにしなくなった友人を見て、菊は苦笑した。休憩中まで仕事から離れられないその勤勉さは似通った部分のある菊にとって好ましい一面であった。
 だがしかし、いくら何でも根を詰めすぎのように感じる。
 「ルートヴィッヒさん。」
 名を呼んで、菊はルートヴィッヒの額―――正しくは眉間の皺に指先で触れた。不意を突かれて驚きを表した目が菊を映す。
 「眉間の皺は癖になりますよ。」
 「―――もう手遅れだろう。」
 「でもいつもよりお疲れのようです。・・・少し、リラックスされてみては?そんなに頑張りすぎると、逆に効率が落ちてしまうかもしれないですよ。」
 「そうか?・・・そうだな。」
 ルートヴィッヒの手が、離れようとした菊の手を捕らえる。そのままルートヴィッヒの両目を手のひらで覆うように押し当てられて、菊は不思議そうに年下の友人を見つめた。
 「・・・君の手は、冷たいな。」
 「―――そう、ですね。体質なんです。」
 コンプレックス、とまでは言わないが、気にしていることを指摘され僅かに身を捩らせる。いつも驚かれるため自ら誰かに積極的に触れるということはあまりない。先程ルートヴィッヒが驚いたのは不意を突かれたせいもあっただろうが、菊の手の温度の低さと、そして菊が自分から触れてきたことが珍しかったこともあったのだろう。
 ルートヴィッヒの肌の温度を奪ってしまうのが申し訳なく、菊はどうにか手を離そうとした。けれどもそれを察したルートヴィッヒから制止の声がかかる。
 「もう暫く、このままで。―――気持ちがいいんだ。」
 菊は無言のまま、彼が目を閉じていることを有り難いと思った。彼の言葉を嬉しいと感じ、胸にほこりと灯った暖かさにつられ赤く染まった顔を見られずに済むからだ。
 「・・・では、ルートヴィッヒさんがお疲れの時は、いつでもこの手をお貸しいたしますよ。」
 「是非そうさせてもらおう。ならば俺は寒いときに君の手を温めようか。冬もこの状態だったらさぞかし辛いだろう。」
 「そうですね。ルートヴィッヒさんの手はとても大きくて温かいから、私の手なんてすぐに暖めてくださりそうです。」
 それは良かったと友人が笑う。菊はとても優しい気分で、この柔らかな休憩時間を楽しんでいた。



* * * * * * * *



 「ヴェ〜・・・またルートと菊が無意識にいちゃいちゃしてる〜・・・。」
 いつものように女の子をナンパして振られて帰ってきたフェリシアーノは、庭に突っ立ったまま窓から見える光景にため息をついた。
 大好きな二人が幸せそうにしているのを見るのは、とても嬉しい。けれども恐ろしいことに、あの二人はお互いが友人だと固く信じており、自らの生み出すナチュラルな甘い空気に欠片も気付いていないのだ。
 じれったいというか、一体気付いたときにどうなってしまうのだろうと楽しい気持ち・・・否、不安な気持ちになるというか。
 「うーん、もうちょっと我慢して、それから俺も混ぜてもらおうっと。」
 振られたんだと泣きつけば、ルートヴィッヒは怒りつつも、菊は苦笑しつつも、きっとフェリシアーノを温かく迎えてくれる。互いに両思いだということに気付いていない二人には申し訳ないけれども、もう少し三人で過ごすこの毛布にくるまれたような幸せな安心感に浸っていたい。
 けれどももし二人が自分の気持ちに気付くようなときが来たら、きっと自分は心の底から笑って祝福をしてあげよう。フェリシアーノはちょっとだけ寂しく思う自分の気持ちを抑えながら、来るべき幸せな未来に思いを馳せて、鼻歌交じりに歩き始めた。









ルート×菊が好きで好きでたまりません。






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