闇よ消えないで




 夜の帳に包まれた部屋の中、布団の上に菊はじっと蹲っていた。視線の先ではバッシュが穏やかに寝息を立てていて、それが菊の顔を柔和に緩ませる。
軍人気質で常に眉間に皺を寄せている彼も、眠っているときはあどけない可愛い顔をしている。そんなことを口に出したら、きっとまた愛銃を構えて威嚇されてしまうだろうが。
 突然休みが取れたと言うバッシュが菊の家に訪れたのは、一昨日のもう日付が変わろうかという頃だった。別の誰かがそんな時間に訪ねて来ようものなら、笑顔の下でこっそりと非常識だと眉を顰めようものだが、恋人である彼の訪問ならば別だ。
 まして二人の家はとても遠い。各国を集めた会議でもない限り、なかなか顔を合わせることができない。もっと頻繁に互いの家を行き来できれば良いのだが、国の身である己たちにとってはそれもまた難しい。
 この身が人であれば―――。もう何度目になるかわらかないことを考えて、詮無い望みだと菊は僅かに空気を震わせる。
 ふと、布団の上にだらりと投げ出していた菊の手を、温もりが覆った。
 いつの間にかバッシュが目を覚ましたらしい。柔らかく握られた手に目を細める。

 ―――起こしてしまいましたか?

 ―――いや・・・お前こそ何故起きている。

 別にこの家には自分たち以外に誰かいるわけではない。近所迷惑になるほど近くに他人の家があるわけでもない。
 それでもこの柔らかな闇に内包された静かな空気を壊したくないと、互いに囁くような声で言葉を交わす。
 菊は穏やかに笑って、バッシュの指に己のそれを絡めた。

 ―――だって、朝が来れば、貴方は帰ってしまうじゃありませんか。そんなことを考えていたら、眠るなんてとても勿体なくって。ついつい貴方の寝顔を眺めていたんですよ。

 そう呟けば、暫くバッシュはじっと菊を見つめていたが、さすが軍人と感嘆したくなるほどの身のこなしで上半身を起こし、菊を引き寄せた。逆らわず、その腕の中に身体を委ねる。
 撫でるように髪を梳かれて、菊はうっとりと目を細めた。初めは怖くて怖くて仕方がなかったバッシュの隣は、今となっては菊の最も安心できる場所だ。彼を近くに感じられる時間はとても嬉しい。
 だからこそ、離れがたい。

 ―――このまま。

 ぽつりと呟いて、菊は口を噤んだ。叶わぬとわかりきっている願いだからこそ、音にさせずに心だけにとどめる。

(このまま、朝が来なければ。)

(そうすれば、二人ずっと闇の中で寄り添っていられるものを。)

 何故かけがえのない時間こそ、容易くこの手から滑り落ちてしまうのか。
 時が止まってしまえばいいと、ひたすらに願う。永遠に、夜であれ。そうすればきっとこの人を傍に留めていられる。
 菊の考えを呼んだのか、抱き寄せたバッシュの腕に力が増す。

 ―――そんな顔をするな。

 見えない癖にと答えれば、見ずともわかると返される。確かにきっと、自分は今とても悲愴な顔をしているだろう。彼もそうであればいい。そう思うのは、悪いことだろうか。

 ―――また休みがあれば、すぐ会いに来る。

 ―――ええ、ええ。私も、バッシュさんに会いに行きます。それまで浮気しないでくださいね。

 ―――我輩の台詞だ。お前は変なところで無防備だから、困る。

 ご冗談を、と応えながら、バッシュの腕の中で菊は笑った。明かりのない部屋の中、感じるのはバッシュの体温と互いの声だけだ。
 明けない夜はない。どんなに願っても、朝は変わらずやってくる。そうして二人離されて、何食わぬ顔で日常に戻るのだろう。遠くに在る互いの存在を想いながら。
 だからこそ、せめてこの時間が少しでも長く続くよう、ひっそりと祈る。




 どうかこの優しい闇が消えませんように。










バッシュさんの男前っぷりにはいつも度肝を抜かれます。
菊さんかっさらってしまえばいいんじゃねーの!?と心の中で絶賛応援中。
菊さんもなんだかんだいってバッシュさんといるの楽しそうですしね!




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