純愛讃歌



act 2. 三番隊詰め所前付近裏庭



 「そっちにはいなかったか!?」
 「いや、どうやら向こうに逃げたみたいだ!急いで捜し出せ!!」
 ドタバタと人が駆けていく音が完全に遠ざかるのを確認して、一護は草むらの影でほっと息をついた。
 伝達は隊長格だけに行き渡っていたのかと思ったが、どうやらどこも隊員総出して自分のことを捕まえるつもりらしい。人海戦術、とはよくいうが、たかだか俄か死神の所属を決めるためだけにそこまでするとは暇なものである。
 疲れを感じて俯くと、右手首に嵌った腕輪が目に入った。この馬鹿げた騒ぎのキーアイテム。忌々しいことこの上ないが、自分の力で外せないのだからどうしようもない。
 それと同時に、何が何でもこれを奪われるわけにはいかなかった。無理矢理所属を決められるなんて真っ平御免である。
 しかし闇雲に逃げ回るのも限界があるだろう。
 さて、どうするか―――。
 考えに没頭し始めた一護の頭上に、突如不自然な影が差した。
 「・・・いっちごちゃん?見つけたで〜vvv」
 思いがけなかったほど間近から聞こえてきた声に、ぞわっと背筋が凍った。本能的な恐怖を感じて、声と真逆の方向に飛び退る。
 が、逃げれたと思った方向にも人影があって、一護はその場に固まってしまった。
 始めに声をかけてきたのはその特徴的な話し方からもわかるように、市丸ギン。そして一護を挟むようにして立っていたのは市丸の部下である吉良イヅルだった。
 「な、な、な・・・。」
 「やっぱ僕の隊に入りたかったんやね〜。まさか三番隊に一護ちゃん自ら来てくれるとは思わんかったわぁ。」
 「ここ三番隊か!?」
 「そうだよ、黒崎君。正しくは三番隊詰め所の裏庭。もしかして気付いてなかった?」
 当たり前だ。気付いていたらこんな危険地帯に足を踏み入れるはずがない。
 あまり人気がないから安心して隠れていたが、人気がなかったのはこの地帯が市丸の縄張りだったからだろう。己の迂闊さに一護は舌打ちした。
 やはり突然こんな状況に巻き込まれたせいか、周りをよく見ていなかったらしい。
 「・・・断じて三番隊に入りたいわけじゃねーよ。ここに逃げてきたのはたまたまだ。」
 「そらもう僕らの愛の運命やね。」
 馬鹿なことを言い続けている市丸は無視することにする。
 「つーかよく俺が隠れてるってわかったな。」
 「そりゃあ・・・黒崎君の霊圧だからね。だいぶ隠すのがうまくなったみたいだけど、一応僕も副隊長だし。」
 「あ〜・・・成る程。」
 「何で無視するん一護ちゃん・・・。見つけたのも僕なのに・・・。」
 「寧ろお前が俺のことを無視してくれてたらよかったのにな。」
 「僕が大好きな一護ちゃんのこと無視するわけないやろ。」
 適当に会話しつつ、一護はこれからどうするべきかを必死に考えていた。前後を、それも相当な実力者に囲まれては逃げることが断然難しくなる。
 しかし開始早々、無様に捕まってしまうなんてことは自分が許せない。大体一護は三番隊に入る気など全くないのだから。
 「―――さ、一護ちゃん。おしゃべりはこれくらいにして、その手貸してや。とっとと腕輪外したるからね。」
 必死に逃げようとする気配を感じ取ったのか、市丸が前に踏み出しながら一護に囁く。
 逃げたい。が、どこに逃げたらいいのかわからない。
 僅かな可能性を期待して、一護は吉良を縋るようにじっと見つめた。
 「・・・ごめんね一護君。でも僕も君が同じ隊だと嬉しいから悪いけどこのときばかりは市丸隊長に協力するよ。」
 「イヅルさん、ひでぇっ!」
 「ちゃんと捕まえて押さえてや、イヅル。大丈夫やで〜、怖いことなーんもないよ一護ちゃん。優しくたっぷり可愛がったるから。」
 「何か別の響き混じってねぇか、オイ!?」
 じりじりと近づいてくる二人に頭の中がパニック状態に陥る。
 その瞬間、全く別の方向から他の、しかも複数の声が聞こえてきた。
 「―――貴様ら、一護が嫌がっているのがわからぬのか。」
 「邪魔させてもらうぜ吉良。それから市丸隊長。」
 「君たちだけで楽しむのはよくないね。僕らも混ぜてもらうよ。」
 「黒崎君から離れてください二人とも!」
 「お前ら・・・!?」
 朽木白哉、阿散井恋次、そして藍染惣右介と雛森桃の4人の姿がそこにはあった。思わぬ横槍に市丸と吉良が苦々しそうな顔つきになる。
 これで前後に三番隊、左手側には五番隊・六番隊が揃うことになった。ちなみに右手側は塀だ。
 どうやら助かった―――わけがない。全員睨み合って動きを止めているとは言え、その分一護も動くことができず退路も塞がれ、状況が悪化したような気がする。
 よりによって最初からこんな癖の強い、もとい実力者たちが揃わなくてもいいだろうに。
 一護は己の不運さに、ほんのちょっとだけ涙した。
 勿論周囲は自分たちの欲望に忠実すぎるあまり一護の心境に気付かず、立場の低い死神なら一発で気絶しかねないほど物騒な霊圧を撒き散らしつつ低レベルな言い争いを続けている。
 「一護ちゃん一番最初に見つけたんは僕やで?せやから一護ちゃんは三番隊に入るべきやろ。後から現れた輩に文句言われたくないわぁ。」
 (入るべきって何だよ。そんな論理で俺の入隊を決められてたまるか。)
 「まぁ総隊長殿も力づくでも何でも構わないと言っていたさ。でも邪魔をするなとも言われていない。僕らだって一護君は是非欲しいんだから、みすみす市丸の隊に引き渡すわけないだろう?」
 (邪魔してくれたのはありがたいけど五番隊に入る気もないんだよなぁ・・・。)
 「黙れ。一護は六番隊に入ると決まっている。」
 (それお前の中でだけだから、白哉。)
 「一護君が三番隊や六番隊に入って幸せになれるわけないじゃない!五番隊だったら私と藍染隊長で鬼道を教えてあげられるよ?」
 (いや俺鬼道はもう向いてないと思うんで・・・。)
 「あー?何だよ雛森、幸せになれねーってのは。俺ァ結構一護と親しいし、朽木隊長はルキアの兄貴だぜ?仲いい奴がいる隊に入った方が幸せじゃねーか。」
 (そりゃ仲は悪くねーけどよ。でも俺は白哉の下で働くのは嫌だ。)
 「市丸隊長は確かに理想の上司とは言えないけど・・・でもいいところもあるし、それに黒崎君が入隊してくれたら真面目に仕事してくれるかもしれないって期待してるんだ。だから絶対邪魔はさせないよ。」
 (んなこと期待してんのかよ!?つーか絶対無理!無理だから!)
 どうやら隊長組と副隊長組に分かれて火花を散らしているらしい。それぞれの言葉に心の中でこっそりツッコミをいれつつ(本当に言ったらものすごい勢いで反論にあうに決まっている)一護は溜息をついた。
 もう嫌だ。家に帰りたい。うっかり山本のところを訪れなければ、否、そもそもこんな世界に関わらなければ今頃家でテレビを見たり友達と遊んだりして楽しい人間ライフを送っていたはずなのに―――。
 死神やめようかなぁとまで考えた一護の身体が、不意に浮いた。
 「!!?」
 何だ!?と思って顔を上げるとすぐ傍に砕蜂の顔があって驚く。そして自分の置かれている状況を認識して二度驚いた。
 高い塀の上、一護は砕蜂に所謂お姫様抱っこをされている、らしい。
 華奢な女性に何ゆえこんなことをされなければならないのか。一護は火を噴く勢いで顔を赤らめた。
 そんな一護の様子を見て砕蜂は彼女の敬愛する元上司そのものの笑みを浮かべると、下で睨むようにこちらを見上げている6人を見渡し高らかに宣言する。
 「一護は私がもらっていくぞ!」
 「砕蜂さん!?」
 「少し飛ばす。舌を噛まないようにしていろ、一護。」
 そう告げるや否や、敵が動くよりも早く砕蜂は持ちうる限りの瞬歩の技術を使ってその場から姿を消した。その速さは瞬神と呼ばれる夜一譲りとは言え、相手には同じく瞬歩を得意とする隊長たちがいるのだ。本気を出さないわけにはいかなかった。
 そうして、残されたのは歯軋りしそうなほどに悔しがる死神たち。
 「チクショウやられた・・・!」
 「すぐに追うぞ恋次。」
 「ぐずぐずしてられないな。砕蜂が一護君の腕輪を獲得してしまう前に、追いつかねば。急ぐよ、雛森君。」
 「はい!藍染隊長!!」
 「市丸隊長!行きましょう!!」
 「わかっとる!一護ちゃん、今助けたるから待っとってな・・・!」
 砕蜂の行動は、火に油を注ぐ結果となってしまったらしい。
 上司と部下は頷きあうと、一護の霊圧を辿りながらそれぞれ走り出していった。



act 3. 四番隊隊首室へ続く







SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送