純愛讃歌



 長い間自由にならない体で縦に横にと揺られ、その上自分より遥かに細い女性にお姫様抱っこをされた状態だったことから、ようやく降ろされたときには緊張や羞恥で一護はボロボロの状態だった。
 もう二度とこんな思いはごめんだ。ますます死神を辞めたいという気持ちが強くなる。
 「・・・大丈夫ですか?黒崎さん。」
 「えっ・・・?」
 優しげな声に促され顔を上げた一護は驚いた。目の前に四番隊隊長の卯ノ花の姿がある。
 それだけではない。先程まで一護を抱えてくれていた砕蜂と、十二番隊の副官のネムの姿があった。
 「何で・・・。」
 「ここは四番隊の隊首室ですから私がいてもおかしくないでしょう?ネムさんと砕蜂隊長には御協力を願ってここにいてもらってるのですが。」
 「四番隊!?」
 先程までいた三番隊の裏庭から目と鼻の先である。随分長く走っているように感じたからもっと遠くまで移動したものだと思っていたのだ。
 「他の死神を欺くためわざわざ遠回りしたのだ。今頃三番隊、五番隊、六番隊の奴らは見当違いの場所を探しているだろうよ。」
 「そっか・・・。サンキュー、砕蜂さん。」
 手段に些か問題はあったが、あの場所から連れ出してくれたことには本当に感謝していたので素直に礼を述べる。砕蜂の表情こそ変わらなかったものの、目が穏やかな光を映した。
 しかし、唐突に一護は重要なことに気付く。
 「あ、やべっ・・・!」
 「どうなさいました?」
 「今はごまかせてるかもしれねえけど俺の霊圧って隊長や副隊長にはすぐばれるんだろ?ここにいるってわかるのも時間の問題なんじゃねえか?」
 「確かにおまえの霊圧はわかりやすいな。」
 「そのことなら大丈夫です。・・・ネムさん。」
 「はい。」
 卯ノ花の言葉に今まで沈黙を守っていたネムが進み出る。手には朱塗りの盆。その上には湯気を立てた湯飲みが置かれていた。
 「マユリ様が作られた霊圧を下げる薬です。効果は半日程度かと。安全性は確かめておりますのでどうぞ安心してお飲みください。」
 「マジ!?助かる!」
 どす黒い色には少々抵抗があったがこの際少しでも逃げやすくなるなら手段は選んでいられない。
 薬というだけあってそれはもう吐き出したくなるほど苦かったが、何とか一護はそれを全て飲み干した。
 即効性らしく、霊圧がみるみるうちに下がっていくのが自分でもわかる。これなら隊長格の死神に簡単に悟られることもないだろう。
 一護は全員に向き直って深々と頭を下げた。
 「・・・砕蜂さん、卯ノ花さん、ネムさん。マジでありがとな。」
 「気にするな、一護。」
 「私はしたいようにしただけですから。」
 「そうですわ。それに私たち下心も十分ありますのよ。」
 「へ・・・?」
 ぽかんと呆気にとられる一護に卯ノ花がいたずらっぽく笑う。
 「どうせ勧誘するなら落ち着いて話がしたかったんです。黒崎さん・・・四番隊に入る気はありませんか?」
 「え?あ、あの・・・。」
 思いもしなかった言葉に一護は慌てる。まさか勧誘されるとは予想していなかった。
 断るにしても相手は女性だし強いことは言えない。助けてくれた礼もある。ついでに一護は日頃から怪我ばかりしていて卯ノ花には何度も世話になっていた。
 が、卯の花の落ち着いた目を見て一護はいろいろと考えることを放棄する。
 一護が断ることを、始めから知っている目だった。
 「・・・ごめん。俺治癒とかできねーし。」
 「仕方ありませんわね。人には向き不向きがありますし。その代わり心配ですからあまり怪我をなさらないようにしてくださいね?」
 「ぜ、善処します。」
 「それなら勘弁してさしあげますわ。」
 くすくす笑う卯ノ花と一緒に一護も笑う。申し訳ないとは思ったが、鬼道のできない自分が四番隊に入隊しても役に立たないことは事実だ。諦めてもらうしかない。
 くい、と袖を引かれて視線を移すと、傍らにネムが立っていた。
 「では十二番隊はどうですか?」
 「あー・・・俺が研究者向きじゃねえこと知ってるだろ?」
 「・・・・・。わかりました・・・。」
 「ご、ごめんな。あ、もしかして俺が断ったらまたマユリに怒られるとかそういうのがあるか?」
 「いえ。そのような御命令は受けておりません。」
 「ならいいけど・・・また虐められたら言えよ。退治してやっからな。」
 「はい。ありがとうございます。」
 一護が断ると寂しそうな顔をしたが、代わりに頭を撫でれば機嫌を直してくれたらしい。お互い微笑みあって、次に一護は砕蜂に視線を移した。
 「砕蜂さんも俺のこと誘ったりする?」
 一護の言葉に砕蜂は軽く肩を竦めて答える。
 「お前の意思を尊重するように夜一様から言われているからな。それとも二番隊に入る気があるなら喜んで迎えるが?」
 「いや、役に立てそうにないからやめとく。でもありがとな。」
 ここにいる人達は全員強要する気はないのだろう。その上で協力してくれる姿勢に一護は心から感謝した。
 ―――突然、隊首室の扉が開けられる。
 折角霊圧を抑える薬までもらったのに他の死神に居場所がばれてしまったのかと一瞬身を強張らせたが、扉の向こうに立っていたのは卯ノ花の副官である勇音だった。一護は肩の力を抜く。
 「・・・びっくりした。勇音さんか。」
 「ごめんなさい、黒崎君。急いでてつい・・・。―――卯ノ花隊長。やはり建物の中、それから門の付近は待ち伏せの数が多いようです。おそらく黒崎君が現世に戻ってしまうことを警戒しているのでしょう。」
 「ありがとう勇音。思ったとおりですね。」
 「もしかして偵察にいってくれたのか?」
 よく見れば勇音は息を切らせている。相当急いでここまで来たらしい。
 「ええ。気をつけてください。相当な人数が配置されてますから。」
 「これからどうするつもりなのだ、一護。」
 砕蜂の言葉に全員の視線が一護に集まる。考えがないわけではない。一護は皆を安心させるように力強く頷いた。
 「まあちょっとな。流されるのは性にあわねーから、できるかぎりは抵抗しようと思ってる。むざむざ捕まる気もねーし。」
 一護らしい強気の発言に、その場にいた者たちは全員笑みを浮かべる。自分の隊に入ることがないことはわかっていたが、一護が他の隊に無理矢理入隊させられることも我慢ならないのだ。
 一護も従う気はないらしい。それならば、自分たちも出来る限りの協力をさせてもらおう。
 「微力ながら手助けさせていただきます。」
 「仕方ない・・・。撹乱は任せておけ。」
 「どうかご無事で。」
 「頑張ってくださいね。」
 「おう!」
 一護はもう一度全員に深々と頭をさげて、それから目的地に向かうために四番隊隊首室をとびだした。



act 4. 技術開発局付近へ続く







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