純愛讃歌 |
act 4. 技術開発局付近 門の近くを強固に見張られていたりしなければ、本当に現世に帰っていたかもしれない。 勇音の助言通り、建物の中や門の付近を避けながら移動しつつ、張り込む死神たちの数の多さに呆れながら一護はそう思った。 たかが一護一人の為に割く時間や人手があるのなら、その分一匹でも多くの虚を退治してこいと何度怒鳴りつけたくなったことか。だがそうしてしまえば周りの協力も自分の努力も全て無駄になってしまうとわかっていたので必死に耐えた。 自分の霊圧を消す努力をしなくて済むので全ての神経を周囲へ向けることができ楽にはなったが、やはり目的の場所―――技術開発局にたどり着くには普段の三倍以上の時間がかかってしまい、一護は疲れを感じながらとある部屋に身体を滑り込ませる。 運良く部屋の主は在室中だった。 「阿近さん。」 「よう、黒崎。何か面白いことになってるみたいだな。」 「他人事だからって・・・俺はちっとも面白くねぇしもううんざりッス。」 「違いない。」 阿近は突然入ってきた一護に驚くこともなく、目を通していた資料を傍らに置くと、椅子を勧めついでに近くにあったお茶と和菓子を置いてやった。 一護の目が期待に輝く。 「食え。腹減ってるだろ。」 「いいのか?それ阿近さんのだろ?」 「俺は甘いもん得意じゃねぇし茶ならすぐ用意できる。」 「サンキュー!・・・あ、妙なもの混入してねぇよな?」 「・・・今すぐ入れてやってもいいぞ。丁度新しい薬を作ったばっかだ。まだ人体実験してねぇからお前がつきあってくれるなら有難い。」 「嘘ですごめんなさいいただきます。」 山本のところへも茶に誘われていったというのに結局ゆっくりする暇もなく騒動に巻き込まれ、喉も渇いていたしお腹も空いていたのだ。一護は極力周りを見ないようにしながら(何せ技術開発局の棚には色とりどりの薬品だけではなく原型のわからないグロテスクなホルマリン漬けなんてものまで陳列してあるのでうっかり食事中に視界に入れると一気に気分が悪くなる)温かなお茶と甘い菓子を堪能した。 「・・・で?何の用だ。」 阿近の言葉に一護はようやく我に変える。明確な目的があってここを訪れたというのに菓子に流されるところだった。 湯飲みの中身を飲み干すと、阿近に真剣な眼を向ける。 「頼みがあるんだけど・・・俺に付けられてる腕輪のプログラムいじってくれねぇ?」 「無理。」 「即答かよ!?」 にべもなく断られ、一護は情けない叫び声をあげた。 「いじれねぇことはないんだが、既に総隊長から禁止命令がきてるんだよ。」 阿近の口から出た「総隊長」という言葉に知らず眦が上がる。一護の行動を見越していたのか、何とも手回しがいいものだ。伊達に護廷の最高権力者を名乗ってはいない。 阿近は目を眇めて怒りに打ち震える一護を愉快そうに見つめた。 「読まれてたな。」 「くっそ〜・・・あのジジイ。」 「ま、そういうわけで流石に総隊長命令だと断れねーんだわ。諦めて逃げてくれ。」 「はぁ・・・。まぁ期待はしてなかったんスけどね。」 多少イレギュラーなこの行動はあまり許されるものではないだろうと自分でも思っていた。が、始まりも相当な反則技だったのだからもしかしたら、という気持ちでここにやってきたのだ。 がっかりしないといえば嘘になるが、仕方がない。 不意に腕を捕まれて、一護は顔を上げた。 阿近が興味深そうに、右手首に嵌められた腕輪を観察している。 「・・・何スか。」 「いや・・・もし俺が今これを外したら、お前技術開発局に来るのかなーと思って。」 ニヤリ、と性質の悪そうな笑顔付きで言われた言葉は到底本気のものだとは思えなかったが、一護はやんわりと腕を取り返した。 「多分拾参隊のどれかっていう意味だと思う。つーか、俺に研究者は無理。」 「安心しろ。実験体という枠がある。」 「冗談!」 一護は勢いよくその場に立ち上がる。状況を鑑みてもあまりゆっくりはしていられないし、そろそろ引き上げ時だろう。 物騒な言葉はいろいろと言われたが、邪魔した分とお茶&菓子の分はきっちり礼を言っておいた。 「ま、気を付けろや。」 軽くかけられた言葉にひらひらと片手を振って応える。そうして一護は阿近の部屋を後にする―――つもりだった。 が、突如目の前に現れた人影に反射的に扉を思い切り閉める。 「いっちごちゃーん!やっぱり君のことだから技術開発局に相談しにくると思っていたよ〜!」 「こういうときにまで思考回路が似なくてもいいんだがな・・・。」 「さすが長年からの親友ですね。でも黒崎君は八番隊に引き取らせていただきます。」 見間違いと思ったが声まで聞こえてきたからには間違いない。京楽と浮竹、それから伊勢が扉の向こうにいる。 一護は必死に扉を押さえつつ、真っ青な顔で阿近を振り返った。 やれやれ、と首を振ると阿近は無言で窓を指差す。裏側から逃げろということなのだろう。お言葉に甘え扉を押さえる役目を交代すると、一護は一目散に逃げ出した。 が、敵とて馬鹿ではない。一護が動いた気配を察し、やや遅れながらも後を追いかけてくる。 「もう逃げ回るのは止めにして八番隊においでよ〜!」 「京楽隊長が上司では不安でしょうが私がきっちり守りますから大丈夫ですよ!」 「ひ、ひどいよ七緒ちゃん!」 「自業自得です!」 「おいおい・・・いいじゃないかお前らは。それよりも副隊長のいない俺のところのほうが大変なんだからな。黒崎!ウチになら朽木もいるぞ!」 「駄目だよ!病弱な浮竹のところなんかにいったら一護ちゃんが過労で倒れちゃう!」 「お前に言われたくないぞ。」 「だーっもう!黙れあんたら!」 そんなに騒ぎながら追いかけられれば、ますます人が集まってしまうかもしれない。必死で逃げ回っている一護は泣きたい気分でそう叫んだ。 とにかく、追っ手を撒くことが何よりの優先事項だ。できるかぎりぐねぐねと道を曲がり、物陰に隠れながら移動する。これで相手が隊長・副隊長でなければ容易に差を広げていただろうが、なかなかうまくいかず焦りばかりが強くなる。 (・・・ッ!?何だ!?) 平坦な道を走りながら、不意に違和感を感じて一護は高く跳躍した。無理な姿勢で飛んだため着地の時に大きくバランスを崩し膝を着くことになる。勿論それは大きなタイムロスに繋がり追っ手がすぐそこへと近づいていた。 逃げ切れない。一護は伸ばされてくる手に恐怖を感じて硬く目を瞑る。 しかし、三人の腕が一護を掴むよりも早く、先程一護が違和感を感じた場所が人の重さを感知し、突然ぼこりと崩れ落ちていった。 「・・・えええッ!?」 「うわっ!」 「キャ・・・!」 所謂、落とし穴。一護の勘は正しかったようだ。深い地の底に三人の身体が落ちていく。 「ちっ・・・!!」 一護は反射的に地を蹴って、何とか伊勢を抱きかかえた後に無事な地面へと着地した。 ―――やはり女性を放っておくことはできなかったらしい。 一護に見捨てられた男性陣二人はぎゃーぎゃーと文句を言いながら順調に地の底へと落ちていった。仮にも隊長の座についているのできっとうまく受身は取っただろう。 一護は緊張で詰めていた息を吐き出すと、腕の中の伊勢の顔を覗きこんだ。 「大丈夫か?」 「ええ・・・有難う、黒崎君。」 暫く驚きに目を瞬かせていたが、一護に助けられたとわかると伊勢がニッコリと笑う。 「・・・―――あ"。」 その細い手が、右手首の腕輪にかけられていた。 助けることに必死になっていたあまり自分の立場というものを忘れていた一護は一気に青ざめる。折角ここまで逃げてきたというのにこれで一環の終わりか。 が、唐突にするりと腕輪にかかっていた手は外された。 「・・・あれ?」 「助けてくださったお礼に今回は見逃します。」 「は、はぁ。」 「でも次に会ったときには容赦はしませんから。―――逃げなくてよろしいんですか?」 騒ぎを聞きつけて複数の声と足音がこちらに近づいてきていた。 確かに伊勢の言うとおり、ぼんやりしている暇はない。 「じゃ、じゃあ俺行くな!」 「ええ。他の人に捕まったりしないで下さいね。」 あっという間に一護は走り去り、すぐに橙色の鮮やかな髪は視界から消えてなくなった。 それを確認して伊勢は満足そうに溜息をつく。 勿体無いことをしたとは思ったが、後悔はない。一護に抱きかかえてもらえあんなに近くで顔を見れたしある意味役得だっただろう。 「・・・随分と思い切ったことをしたな。」 「ひどいよ〜七緒ちゃん。あれで腕輪を外してれば一護ちゃんは八番隊に入ったのに・・・。」 大きな穴の中から浮竹と京楽の声が聞こえてくる。どうやら思ったよりも深いものではないようだ。 「だってあんな風に助けられたら仕方ないじゃありませんか。それよりも京楽隊長、早く上がってきてください。黒崎君を追いかけますよ。」 「―――あ、やっぱり落ちたんスね。」 聞き覚えのない声に後ろを振り返ると、いつの間にか阿近が後ろに立っていた。 「あら、貴方確かさっきまで黒崎君と一緒にいた・・・。」 「技術開発局の阿近です。忠告させていただきますと、その落とし穴は黒崎を追いかける人を邪魔するためにネム副隊長が作ったんで多分素直には出てこれないと思いますよ。」 阿近の説明が終わるや否や聞こえてきた二人分の悲鳴に、伊勢は額を押さえる。 一護に助けてもらって本当に良かった。心からそう思った。 |
act 5. 七番隊隊首室前へ続く |
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