純愛讃歌



act 5. 七番隊隊首室前



 京楽・浮竹・伊勢に追いかけられたついでに集まってきた死神たちをどうにか撒き、結局一護は隊舎へと戻ってきてしまった。
 恐らく七、八番隊あたりか。建物の中には人が多いという助言を思い出し、一応庭の方から様子を伺っているがあまり人の気配は感じられない。
 そろそろと廊下に上がって、周囲に人気がないことを確認する。―――大丈夫そうだ。
 出来る限り足音を立てないように長い廊下を進んだ。このままうまく人に会わなければあと少しでこの馬鹿げた騒動を終わらせることができるだろう。いや、何としてでも終わらせてみせる。
 「・・・ん?」
 何か、おかしい。
 一護は細心の注意を払ってこの廊下を歩いているはずだ。今この瞬間でさえも足音をたてまいと。
 それなのに、なぜかぺたぺたと足音が聞こえる。
 ゆっくり、一歩、二歩。
 ぺた、ぺた、ぺた、ぺた。
 歩数より音の数は二倍。やはりこれは自分の足音ではない。しかも音の発信源は背後。一護は慌てて振り向いた。
 「あ、いっちー。やっと気が付いたの?」
 「やちる!?」
 「さっきから後ろにいたのに全然こっち向いてくれないから無視されてるかと思ったじゃん!」
 一護はこっそり舌打ちする。決して油断しているつもりはなかったが、更木という治安の悪い地区で生まれ育ったからか、野生の獣並みに気配を消すことに長けているやちるの存在を忘れていた。
 「―――ざまあねぇなあ、一護。俺たちが本気出してたらもうその腕輪はとっくに外されてたぜ?」
 「・・・剣八。」
 そして、やちると常に共にいるこの男のことを。
 普段物騒な霊圧を垂れ流しにし、激しく自己主張している剣八はいざとなれば誰よりもうまく気配を消してみせた。事実、今剣八は目の前にいるというのに全く存在感が感じられず一護は焦りを覚える。
 考えてみればこのお祭好きの二人が今回の騒動に参加しないはずがないのに。
 「・・・なら、とっとと奪っちまえばよかったんじゃねーか?」
 本人も言った通り、この気配の消し方と護廷最速のやちるの俊敏さをもってすれば腕輪を奪うことなど容易かったはずだ。
 剣八は低く笑う。
 「わかってねぇなぁ・・・。こっそり奪っちまうよりも、真正面からお前と戦りあって取った方が楽しめるじゃねぇか。」
 「もう、剣ちゃんったら。あたしは早くいっちーを十一番隊に入れたいのにー。」
 「邪魔するなよ、やちる。」
 「・・・そういう奴だったな、アンタは。」
 その性格に助けられたと思うべきか。かといってここで剣八と戦うという選択肢も一護にとって有り難いものではなかった。
 ここで足止めをくらいたくない。
 抑えられていた剣八の霊圧が膨れ上がる。もう既にその手は剣の柄を掴みいつでも斬りかかれる状態だ。
 これは相手するまで引いてくれそうにないなぁと斬月に手をかけた瞬間、意外な人物からの助け舟が入った。
 「・・・力づくで黒崎君を入隊させようとするのなら、邪魔をさせてもらおう。」
 「東仙さん・・・!?」
 十一番隊と違って、絶対にこういう騒ぎに参加しないだろうと思っていた姿がそこにはあり、一護は驚く。いつもの柔和な態度とは違って今はぴりぴりとした緊張感があった。一歩後ろで副官の檜佐木も固い顔をしている。
 「はっ・・・相変わらず俺のすることが気にいらねぇみてーだなぁ。」
 「本人の意思を尊重すればよいものを、わざわざ争いを引き起こすからだ。」
 「ねーねー、剣ちゃん。あたしも暴れていいー?」
 「仕方ねぇ。やちる、檜佐木はテメェが相手してやれ。」
 「わーい!」
 「修兵。」
 「わかってます、隊長。・・・簡単にやられる気はないですから。」
 ―――もう既に一護のことなど目に入っていない。
 争いを止めるべきなのかと思ったがこのメンバーを一体どうやったら止めれるというのか。東仙と剣八がここまで険悪だとは思わなかった。
 険悪なムードの中、あるものを見つけた一護はこっそりそれに近付く。四人は全く気付いていない。そのままするりと部屋の中に滑り込んだ。
 「・・・大丈夫か、一護。」
 「狛村さん。」
 見つけたのは、部屋の中から一護を手招きしている狛村の姿だった。普段から世話になっている人なので、一護も安心して傍に寄った。
 「びっくりした・・・。東仙さんって剣八と仲悪いのな。」
 「考え方が正反対の二人だから仕方あるまい。」
 「確かに仲良くしてる姿も思い浮かばないけど。しっかし、東仙さん怒ったら怖ぇ〜。」
 ぶるり、と身を震わせる一護の頭を狛村の大きな手が撫でる。
 あまり子ども扱いされることは好きではないが、狛村のそれは安心できる気がして一護は嫌がったことはなかった。
 しかしその心地よい手が止まって、一護は顔を上げて笠の中に隠れた狛村の顔を見上げる。
 隙間から覗く、心配そうな目と視線がぶつかった。
 「・・・そんなに嫌なのか?」
 「へ?」
 「どこかの隊に属するのは。」
 「あー・・・。」
 「もし本当に嫌なら形だけでも七番隊に籍を置けばいい。儂はお前の行動を制限する気はないし今まで通りに過ごせる。それか九番隊でも東仙は同じことを言うと思うぞ。」
 狛村の言葉に一護は驚いたように目を瞬かせて、それから嬉しそうに笑う。
 「・・・サンキュ。すっげぇ嬉しい。」
 でもそんなことをして狛村や東仙に迷惑をかけるわけにはいかない。こうして逃げ回っているのも、ただの一護のちょっとした意地がきっかけだったのだから。
 それがこんな大騒動に発展するとは思いも寄らなかったが。
 「嬉しいけど、そこまで甘えるわけにはいかねーよ。・・・それに、アテなら一応あるんだ。」
 「そうなのか?」
 「おう。そこに行くために今逃げ回ってる。」
 狛村の手がもう一度一護の頭を撫でた。
 「残念だ・・・。アテが外れたときは七番隊に来い。」
 「そーさせてもらうな。」
 冗談だとわかっているから一護も軽く返す。ほのぼのとした空気がお互いの間に流れた。
 しかし次の瞬間大きな爆発音が聞こえてきて一気にその雰囲気が壊されてしまう。―――外の争いがヒートアップしてきているようだ。
 隊長二人と副隊長二人の争いは、決して周囲に無影響というわけにはいかないだろう。しかもそのきっかけは自分。一護は不安そうに外の気配を探る。
 やはり止めに行った方がいいのかもしれない。そう考えた一護を押し留めたのは狛村だった。
 「・・・もう行け、一護。アテがあるのだろう?」
 「でも。」
 「もしものときは儂が止める。それよりも人が集まってきてしまうぞ。」
 躊躇いはあったが狛村の言うことは最もだ。結局一護は頷いた。
 「じゃあ頼むな、狛村さん。」
 「ああ。」
 後押しする様に一護の頭を再び撫でる。嬉しそうに笑って少年は瞬歩であっという間に姿を消した。
 後に残ったのは、狛村と未だ激しい物音を立てながら争う四人。
 「さて・・・。」
 ―――とりあえず、建物の修理費は十一番隊と九番隊に請求しよう。



act 6. 十番隊詰め所前へ続く







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