小さな死神たち



※幼児化注意





<1>

 地獄蝶から言付けられ、久し振りにやってきた瀞霊廷は、やけに緊迫した雰囲気が漂っていた。
 道行く死神たちから縋るような眼差しで見つめられ、流石の一護も閉口する。どうにも、面倒な事態に陥っているらしい。
 連休前だからと気楽にこちらにやってきたのだが、判断を誤ったのかもしれない。
 しかし総隊長から直々に呼び出されたのを断るわけにもいかないだろう。明日どうしても見たい番組があったのにな、などと考えながら一護はこの連休がつぶれるであろう事を覚悟した。

 * * *

 「・・・は?」
 白く長い髭が立派な総隊長の口から語られた事実に、失礼ながらも一護は間の抜けた声を上げた。総隊長は至って真面目な顔をしているが、その内容を鵜呑みにするわけにはいかない。どうしてもいかない。
 だって『隊長4名、副隊長4名、それから平死神1名が誤って子どもになってしまった』などという話をどうして信用できる?
 生憎エイプリルフールはとっくの昔に過ぎてしまったと思っていたが、こちらの世界には他にそういった類の日があるのだろうか。
 期待を込めて総隊長の顔を伺ってみたが、先ほどの発言を覆す気配は感じられない。それどころか、沈鬱な表情が酷くなったような気さえする。
 「えーと・・・俺をからかってるわけじゃ・・・。」
 「ないんだよねぇ、それが。」
 のほほんと一護の言葉の続きを遮ったのは、八番隊隊長京楽春水。女物の着物を羽織り飄々とした態度を崩さない彼も、今回だけは途方にくれた顔をしている。
 信じられないことに、事実、らしい。
 「これが冗談だったらどんなにいいかって僕らも思うんだけどねぇ。」
 「涅の開発した薬が混入されたお茶を飲んで隊長・副隊長が子どもに・・・なんて話、信じられないという気持ちは良くわかる。が、動かしようもない事実だからな・・・。」
 京楽の言葉に同意したのは十三番隊隊長の浮竹十四郎だ。京楽だけならまだ疑う余地もあったが(失礼極まりないことはわかっている。でもこのオッサンの性格なら可能性はあるだろう!?)浮竹に頷かれてしまってはもう信じるしかない。
 そこでハタと気付く。総隊長を含め今この場には数名の隊長・副隊長たちが並んでいる。もしかして、子どもにされた隊長たちというのは・・・。
 「察しの通り、今この場にいない隊長・副隊長たちが子どもになってしまった被害者だよ、黒崎君。」
 東仙の言葉に一護は「嘘だろ!?」と叫びたくなった。この場にいない死神―――つまりは、市丸ギン・吉良イズル・藍染惣右介・雛森桃・朽木白哉・阿散井恋次・日番谷冬獅郎・松本乱菊の面々が子どもにされてしまったらしい。ちなみに平死神の一人はルキアのことだ。たまたま六番隊に遊びにきたときに飲んだお茶に薬が混入されていたらしい(憐れだ)。
 事故だと説明していたが、妙に作為的なものを感じる。もしや涅はその4つの隊に並々ならぬ恨みでもあったんじゃ・・・なんて冗談にならなさそうだから怖い。
 「元凶の涅隊長は研究室に閉じ込めて解毒剤を作るように言ってはいるのですが、どうにも今日中には作れないそうなんです。完成は早くても明日以降になるとか・・・。」
 「おかげで三番隊、五番隊、六番隊、十番隊の仕事を割り振ることになって、俺まで事務処理に追われてるってんだからたまんねぇぜ。ったく涅の野郎・・・。」
 卯ノ花と更木も心なしか疲れた顔をしている。当たり前のことではあるが、涅が起こした騒動は、他の死神たちに多大な迷惑をかけているようだ。
 まぁ上位の死神が子どもになって役に立たなくなったっていうならそりゃ大変だよなぁ、などと今更現実を認識した一護がぼんやりと考えているうちに、いつの間にか両脇を砕蜂と狛村にがっちりと囲まれていた。
 あれ?と思って総隊長を見ると、先ほどとは打って変わってにこやかな笑顔を浮かべている。いっそ怖いくらいに。
 「そこで、だ。お主を呼び出したのは他でもない。明日から現世は3日連休らしいな。」
 「いやまぁ連休は連休なんスけど・・・。それなりに人間かつ学生である俺は忙しいって言うか。」
 「そうか、暇か。ならば頼みがある。」
 「聞けよオッサン。つーか嫌だ。お断りします。ノーセンキュー。」
 次の言葉を聞かないうちに逃げ出そうとしたが、両脇をがっちりと固められているからそれも叶わない。
 本当に来なきゃ良かった。いやもうそれ以前に死神になんてならなければ良かった。カムバック一般市民だった頃の俺。

 「総隊長の名において黒崎一護に命ずる。子どもになった奴らの面倒を見てやってくれ。」

 マジ、死にそう。







<2>

 重厚な扉を前にして一護は深い深い溜息をついた。もうここ十年分くらいの幸せがマッハで逃げてしまいそうなくらい、深く。
 うっかり死神なんかに関わったのが運の尽き。薬を飲んで小さくなりました、なんてメルヘンな展開だけでも頭が痛いのに、その子どもになった奴らの面倒を見ろという。しかも総隊長命令まで発動して。
 「子どもになったとはいえ隊長・副隊長に登りつめた奴らだ。その辺の死神では面倒みきらん。その点、お主の言うことなら奴らも聞くじゃろうて。」
 笑顔で言い切った総隊長とその周りで頷いていた隊長たちに声を大にして言いたい。
 言うことなんて聞くわけねーだろ、あの変人たちが(一部除く)。
 雛森や松本、ルキアに日番谷あたりまでならまだいい。恋次もギリギリセーフだ。でも市丸と藍染と白哉が子ども化してるだなんて、一体どんな状況になってるのか、考えるだけで恐ろしい。本当に何てことをしでかしてくれたんだ涅とかいう隊長は。
 目の前にある扉を開くのが怖い。一歩踏み入れてしまえば二度と現世に戻れなくなりそうだ。扉の向こうから聞こえてくる(恐らく奴らの世話を押し付けられたであろう)平死神たちの悲鳴が更に恐怖を増加させる。
 (ええい、悩んでても仕方がねー!)
 意を決して、一護は扉に手をかけた。







<3>

 扉の向こうは、まるで戦場のようにめちゃくちゃな状況だった。
 笑い声をあげて走り回る(しかもとんでもない速さだ)子どもを追いかけてへとへとになっている子ども、膝を抱え込んで泣いてしまっている子どもの隣には、やけに怒っている子ども。その向こうでは始解していない斬魄刀をふりまわしたり、大人に蹴りを入れている子どもの姿まであった。
 どの子どもにもそれぞれ2〜3人の平死神がついてどうにか大人しくさせようとしているようだが、滑稽にも手玉に取られている。
 予想していたとはいえ、実際目の当たりにするとこのままUターンして逃げ帰りたくなる。卑怯者と罵られようが何だろうが構わない。誰だって我が身が可愛いものだ。
 けれどもそういう訳にはいかないことを十分に理解していたので、一護は気を取り直して話ができそうな人間を探した。
 「くっ・・・黒崎さぁん!!」
 幸運(?)にも探し人は向こうからやってきた。四番隊の隊員で、個人的に一護と親しい山田花太郎である。気弱で不運な彼は、この難事を真っ先に押し付けられたのであろう。半泣きで、一護に抱きついてきた。
 「は、花太郎。大丈夫か?」
 「もう朝から大変なんですよ!何でか隊長たちが子どもになっちゃってるし!世話しろとか言われるし!!でもこっちの言うことは全然聞いてくれないし!!おまけにこんなんでも上司だから怒ったりするのも後が怖くって・・・!!」
 本当につらかったんです〜!!といって泣き続ける花太郎があまりにも哀れで、一護はその背中を何度か叩いてやった。普段やる気の無い顔でぼんやりと話す彼がここまで感情を昂ぶらせるということは、相当なものだったのだろう。しかし哀れんでいる場合ではない。自分も今この瞬間から同じ穴の狢である。
 「落ち着け花太郎。・・・何とかできる気は全然しねーけど、こいつらの面倒は俺が見ることになったから。」
 「・・・黒崎さんがですか?」
 「ああ。総隊長の命令だから断れなくてな。」
 一護が苦りきった顔でそう言った途端、花太郎の目がきらきらと輝き始めた。
 「そう、そうですよね!あの人たちに言うことを聞かせられそうなのって黒崎さんしかいませんよね!!わぁ、僕、何だか希望が見えてきました!!」
 「いや、期待されても何にもできねーんだけど・・・まぁやってみるわ。」
 「はい!!頑張ってください!黒崎さん!!」
 花太郎の声援を背に、一護は騒動の中心地へと足を向けた。







<4>

 面倒なのは後回し、と決めて、一護はまず膝を抱え込んで泣いている女の子の傍に行った。顔を伏せているので確認はできないが、髪形や雰囲気から察するに雛森だろう。その隣で、小さくなった日番谷が怒った顔のまま雛森を慰めようとしていて、一護の姿を視界にいれると警戒するようににらみつけてきた。しかし、ただでさえ一護より低かった視線が更に低くなり、顔も幼く変化しているから迫力は皆無だ。
 (ああ・・・本当に子どもになっちまったんだな・・・。)
 動かしようのない現状に意識が遠のきそうになったが、そこはどうにか踏ん張った。こんなところでめげている場合ではない。
 警戒し続ける日番谷に穏やかに笑いかけ、一護は雛森の傍にしゃがんだ。
 「雛森。」
 出来る限り優しく名前を呼ぶと、びくりと震えた後に雛森が顔を上げた。涙でくしゃくしゃになった顔はあまりにも幼くて、己の妹たちを思い出し庇護欲がわいてくる。
 周囲の騒動に怯えていたであろう小さな身体をそっと持ち上げて抱きかかえると、空いていた方の手で頭を撫でてやった。
 「怖かったな。もう大丈夫だ。」
 あまり自分の顔では効果がないだろうな、と思いつつも安心させるように笑顔を浮かべれば、雛森は大きな目を瞬かせた後、一護の首に縋りついてきた。まだ泣いてはいるが、一応、僅かばかりなりとも落ち着かせることはできたらしい。
 ほっと息を付くと、未だ不機嫌そうな顔の日番谷と目が合った。
 「・・・アンタ誰だ?」
 警戒は解けていないようだ。小さい時からしっかりしていると妙な関心をして、一護は笑みを深くする。
 「あー、一応死神。黒崎一護。・・・お前もこの騒ぎの中よく頑張ったな冬獅郎。」
 よしよしと頭を撫でれば、日番谷は頬を赤く染めて照れ隠しのようにそっぽを向いた。成長した後とは違って、反応が素直で可愛い。
 「俺らの名前、知ってるんだな。」
 「まぁ、な。」
 名前だけではなく性格だとか他にもいろいろ知っていることはあるのだが、そこは黙っておいた。成長した後の記憶がない日番谷に言ったところで、無駄に混乱させるだけだろう。
 雛森が泣き止むのを待って、二人を近くにいた死神に預けた(その際二人とも離れがたそうにしていたが、後ですぐ行くからと言えば大人しく従ってくれた。素直でいい子達だ。)別室に連れていき何か温かい飲み物でも飲ませるようにと指示しておいたから、こちらはまず大丈夫だろう。
 (さーて、他の奴らも回収するかな。)
 これから更に難易度が高くなることが容易に予想され、一護は改めて気合を入れなおした。







<5>

 次に一護が目を留めたのは、男の子二人と女の子一人の集団だ。
 一対のお人形のようにちょこんと座っている黒髪の男女は、朽木白哉とルキアであろう。血は繋がっていない、というがこの義兄妹はよく似ている。その二人を守るように始解すらしていない斬魄刀を構えて立っているの赤い髪をした少年は、阿散井恋次だ。
 まずはよく見知った顔であるルキアに声をかけようと近付いたら、恋次に蹴りをいれられた。
 「ルキアに近付くな!!」
 「〜〜〜ッ!てんめぇ・・・!!」
 子どもの力とは言え、手加減されていない蹴りは相当痛い。何の心構えもしていなかったからなおさらだ。
 怒りに任せたまま一護は恋次の襟元を掴むと、己の目の高さまでそのまま持ち上げた。
 「理由なく人に暴力ふるうとは、いい度胸してるじゃねーか・・・。」
 半眼のまま低い声で凄むと刺青もなくなり幼い顔になった恋次が怯えたような顔でごくりと息を呑む。
 「だ、だってお前がルキアに近付くから・・・!」
 「別に近付いたからって何かしようってわけでもねーだろが。とにかく無闇に暴力はふるうんじゃねぇ!わかったか!!」
 一護が一喝すると、恋次はびくりと震えて、次いでこくこくと頷いた。それを確認して下に下ろしてやる。
 「・・・ごめんなさい。」
 小さく蚊の鳴くような声で聞こえてきた言葉に、一護は破顔した。
 「うっし!よくできました!」
 ガシガシと頭を撫でてやると、乱れた頭も気にせず呆気に取られた顔をしている恋次と目が合った。ん?と笑いかけると顔を真っ赤にして慌てて俯く。
 おかしな奴、と思いながら、とりあえずルキアと白哉に視線を合わせるために、二人の目の前にしゃがみこんだ。
 「ルキアと白哉。それから恋次。俺の名前は黒崎一護だ。一応お前らの世話を任されてる。んで、提案なんだけど、この部屋じゃなくて別の部屋にでも行って何か飲まねぇか?」
 笑顔でそう言えば、ルキアは困ったような顔で白哉に目を向けた。その視線を受けてやけにげんなりした顔の白哉が口を開く。
 「この場以外のところにいけるのなら兄に従おう。・・・ここは騒がしくて、とてもじゃないが耐えられない。」
 「少なくとも向こうはこっちより静かだぜ?先客が二人ほどいるけど、素直でいい奴らだ。」
 「では、決まりだ。」
 白哉は素早く立ち上がるとルキアの手を握って立ち上がるのを助けてやった。その様子を見て自分が妹の面倒を見ていたことを思い出し、何だか微笑ましい気持ちになる。
 「妹の面倒を見てやって、偉いな白哉は。」
 よしよし、と頭を撫でると、困惑したような白哉と目が合った。
 「・・・妹ではない。それに自分より年下のものを助けてやるのは当然のことで、褒められるようなことでもないだろう?」
 「ああそうか、まだ妹じゃなかったな。でもその俺は偉いと思うぜ?」
 笑顔で言えば、白哉はことりと首を傾げた。話し方や貴族然とした態度や考え方は変わらないが、動作や反応がやはりまだ子どものそれだ。
 恐らく大人の白哉にこんなことを言えば間違いなく怒られるだろうが、・・・可愛い。
 ルキアの手が白哉と、もう片方を恋次が握ったのを確認して、一護は三人を他の死神へと任せた。
 他の大人が登場したせいか、ルキアが不安そうに一護を見上げていたがその頭を撫でて「後でな。」と言えば嬉しそうに微笑む。
 場違い甚だしい感想ではあると思うのだが、今の皆の姿を残しておくためにカメラでも持ってきておけばよかったな、と一護は三人を見送りながらどうでもいいことを考えた。



6〜10話へ続く







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