小さな死神たち



※幼児化注意





<11>

 「いやいやこれはまた・・・。目の保養だねぇ。」
 京楽は目の前に広がる光景を見て、感極まったようにためいきをついた。
 隣の大部屋では子どもたちの騒ぐ声と、それに合わせて大人の悲鳴が聞こえている(やはり子どもの姿とは言え隊長・副隊長格の世話は難しいらしい)というのに、こちらの部屋はまるで別世界だ。
 京楽の視線の先にあるのは柔らかな笑顔。右側には松本、左側には雛森、そして膝の上にはルキアを座らせた一護が三人に絵本を読んであげている。
 (お花でも飛んでそうだ。可愛いなぁ。)
 勿論「可愛い」という言葉は一護を含めた上のものである。高校生男子に向かってその表現は失礼に当たるものであるだろうが、京楽は常々心からそう思っている。本人に言えば激怒することはわかっているので、心の中で呟くことしかできないが。
 熱心に見つめていたから流石に視線に気付いたのだろう。一護がふと顔を上げ、京楽の姿を見止めて笑顔を浮かべた。
 (あああもう本当に可愛いなぁ〜。)
 子どもが傍にいるせいだろう。一護の表情も普段と比べものにならないくらい柔らかい。トレードマークになっている眉間の皺も今日は役目がないようだ。
 珍しくも朝から隊首室に閉じ込められ必死に書類処理をしていた反動か、もうその笑顔を見せられるだけで既に理性が飛びそうになった。が、幼い子どもの前、大人の余裕、と自分に言い聞かせて何とか踏みとどまる。
 「京楽さん!どうしたんだ?」
 「いや〜、ちょっと早めのお昼を取ろうと思ってね。あと頑張ってる一護君にお土産。」
 「お土産?」
 首を傾げる一護に贔屓にしている和菓子屋の包みを渡す。徳利最中を買おうかとも思ったのだが、やはり子どももいるのにそれはまずいだろうということで、彩りも鮮やかで花や紅葉の形をした上生菓子を選んだ。
 一護が甘いもの好きだというのは周知の事実。案の定、様々な形の菓子に顔を綻ばせる。
 「うっわ、すっげぇうまそう。でもいいのか?貰っても。」
 「勿論。一護君のために買ってきたんだし。それに皆もそろそろ小腹がすいてきたでしょ〜。」
 ね?と同意を求めるように周りを見渡す。京楽はルキアとの面識はそうあるほうでないのだが、松本とは飲み友達だし、松本の友人である雛森とも時折話をする。だからついいつものように二人に同意を求めたのだが。
 おや、と思った。心なしか京楽を見つめる二人の表情が固い。
 子どもになった彼らに会うのは朝の時と今の僅かな時間だけだ。いくら自分と親しくしていた時の記憶がないとは言え、別に嫌われるようなことを何かしたつもりもない。それにさっきまで一護に絵本を読まれていた彼らは満面の笑みを浮かべていたはずなのだが。
 京楽は様子を見ようと、子どもたちの前にしゃがんだ。が、雛森とルキアはそれに一層怯えたようで一護の傍に身を寄せ、松本はというと、そんな彼らを庇うかのように京楽の前に仁王立ちになった。
 「え?あれ?ちょっと、乱菊ちゃん?」
 「一護さんに近づかないで下さい!」
 「・・・ええ〜ッ!?」
 驚いた。本気で驚いた。まさかお菓子を渡すだけでそんな言葉を吐かれようとは。
 (そりゃあちょっと下心がわいたりもしたけども!)
 松本の言葉に一護も驚いたようで、お菓子の袋を手にしたまま目を見開いて固まっている。
 僕が何したって言うのさ!と慌てる京楽を横目に、ルキアと雛森も口を開いた。
 「一護。恋次や白哉兄様も"怪しい人から物を貰ってはいけません"と厳しく言っていたぞ!それなのにお前という奴は!!」
 「え?へ?怪しい人?って誰が?もしかして京楽さんのことか?」
 「・・・男の人なのに女の人みたいな着物着てるし笠も被ってるしお酒臭いし・・・明らかに"怪しい人"だと思います。」
 少女たちの言葉に京楽は言葉にならないショックを受けた。死神になってから随分になるが、ここまで衝撃を受けたのは初めてのことかもしれない。
 確かに女物の着物も羽織ってるし笠も被ってるけど、それはポリシーというかファッションのようなもので、まさかそれを怪しいといわれるとは。
 ・・・お酒臭いのは確かにまずかったかもしれないが。
 もしかしてもしかしなくても自分は子ども受けが悪いのだろうか、と京楽が思い至ったところに松本がとどめを刺す。
 「とにかく!一護さんはこんな怪しいおじさんに近づいちゃだめです!!危ないですから!!いいですね!?」
 「は、はい。」
 すさまじい勢いの松本の言葉に頷くことしかできなかった一護に罪はないと思いたい。京楽は言い訳すらままならず、ふらふらとその場を後にした。
 このまま昼食を食べに行くつもりだったがそんな元気すら残っていない。先ほどの少女たちから浴びせられた言葉が未だに耳の中で木霊している。
 覚束ない足取りで歩いていたら、自分の隊の副隊長である伊勢と出会った。無断で休憩に出て行った上司を怒ろうとしていたのだろう。だが、尋常でない様子にそんな意識も吹っ飛んだようだ。
 「・・・どうしたんですか、京楽隊長。」
 「七緒ちゃん・・・僕って怪しい?」
 がっくりと項垂れる隊長の姿に感じるものがあったのか。伊勢は一瞬躊躇った後、力強く頷いた。
 「ええそれは勿論。」
 ゴッと派手な音を立てて京楽の頭が近くの柱にぶつかる。慰められることを期待していたのに、更に傷を抉られてしまった。
 切ない。次から次へと溢れてくる涙で前が見えない。
 「それもこれも…涅のあの変な薬の所為だ〜・・・。」
 柱にしがみつきながら、京楽は早くこの騒動が収まることを切実に願った。







<12>

 目の前にうず高く積み上げられたお菓子と人当たりの良さそうな笑顔。昼前に来た京楽と全く同じ登場の方法だ。やはり親友と言われるだけあるな、と一護は妙な感心の仕方をした。
 そんな事を思われているとは全く知らない十三番隊隊長の浮竹十四郎は、両手いっぱいにお菓子を抱えたまま、小さくなった白哉・ルキア・日番谷の姿を見て嬉しそうに笑み崩れている。
 「朝も少しだけ見たが・・・この3人を一緒に見ると何だか感慨深いものがあるな。」
 ルキアは浮竹の隊に所属しているのだから勿論のこと、その義兄である白哉とも、日番谷とも浮竹は日頃から親しくしているようだ。しきりに「やはり今とは違うなぁ。」と言って3人に構っている。
 浮竹が差し出したお菓子はルキアがまず手に取り、その次に日番谷が、そして白哉が受け取っていた。京楽と登場方法は同じでも、子どもたちに信用はされるところは違うらしい。一護が三人に「お礼を言っとけよ。」と言えばきちんと全員感謝の言葉を述べる。
 そんな子どもたちの様子を見て笑いながら浮竹がそっと一護に耳打ちしてきた。
 「やはり子どもになると素直だな。・・・日番谷はいつも絶対俺からのお菓子を受け取らないんだ。」
 「え!?いつもあげてるのか?」
 見かけは子どもっぽいが、そのことを大層気にしている日番谷は、少しでも子ども扱いされると怒り出す。そんな彼にわざわざ菓子を渡そうとするとは。しかも「いつも」。一護は尊敬すべきか呆れるべきか迷ってまじまじと浮竹を見詰めた。
 「ああ。俺の名前と日番谷の名前って似てるだろう?それで気に入っててな。弟たちのことも思い出すし・・・。だが日番谷にとっては迷惑なようで、いつも嫌がられている。」
 浮竹は、八人兄弟の長兄らしい。だから幼いものを見ると構わずにはいられない性分らしく、子どもの世話はお手の物だと言って、早速ルキアを抱き上げ笑顔で会話をしていた。
 一護も朝からずっと子どもの世話をし続け少し疲れていたので、一人でも面倒を見てくれると随分助かる。今一護が担当している三人は物分りがよく苦にはならないが、それでもずっと子どもたちの様子に目を配らせ気を張っていれば疲れるものだ。
 そんな様子の一護を知ってか知らずか、浮竹は突然「散歩に行こうか」と言い出した。
 子どもたちも嬉々として賛同する。そういえばずっと室内にいたのだから、外の空気を吸うのもいいかもしれない。一護も喜んで頷いた。
 死神たちの邪魔にならないような瀞霊廷の中の静かな場所を、浮竹がルキアを肩車し、一護は白哉と日番谷の二人と手を繋ぎながら、ゆっくりと散歩する。道すがら変わった場所や鳥の姿を見かけては皆で立ち止まって観察した。
 びっくりするくらい、穏やかな時間である。
 「は〜・・・静かでいいなぁ。」
 「やはり子どもと一緒に過ごすと心が和む。俺も今日は黒崎と一緒に子どもの世話をしていようか。」
 提案は、あながち冗談でも無さそうだ。子どもの世話に慣れた助っ人が入ってくれれば一護にとって願ってもない幸運ではあるが―――。
 「そりゃあ俺は助かるけど・・・仕事は大丈夫なのか?」
 「なに、いつも俺は臥せっていて役に立たないからな。いてもいなくても一緒さ。」
 そんなことはないだろうと、一護が言いかけたそのとき。
 「失礼します!!浮竹隊長!!」
 「失礼します!!」
 背後から突然大きな声が聞こえてきた。その声の大きさに全員びくりと肩を震わせ恐る恐る振り向いてみると、そこには仙太郎と清音が最敬礼の姿で立っている。
 それを見て、浮竹の顔から血の気が引いた。
 「浮竹隊長!!折角ご気分がいいならあの仕事の山を何とかしてください!」
 「そうですよ!!ただでさえ常から仕事が滞ってるんですから!!」
 二人はそう言うや否や、両側から浮竹を拘束した。「「仕事場に戻って下さい!」」と声を揃え、浮竹を引きずっていく。
 「ちょっ、まっ!く、黒崎〜!!」
 浮竹の悲痛な声が耳にいつまでも残ったが、一護にはどうしようもない。有力な助っ人は確かに欲しいが、十三番隊に迷惑をかけるわけにもいかなかったし、隊長である浮竹も仕事を優先させるべきだろう。
 「一体今のは何だったのだ?」
 「さぁ?知らねぇ。」
 「・・・もう少し遊んで欲しかったな。」
 白哉、日番谷、ルキアのそれぞれの呟きに引き攣った笑みを浮かべながら、一護はどうあっても騒がしくしか終われない己の現状に向かって深い溜息を一つついた。






<13>

 藍染と市丸、松本の三人と一緒に鬼ごっこをやっていたら、四人全員で団子状になって転ぶ羽目になり(勢いよく走ってたって言うのに突然市丸が立ち止まりやがったのだ)市丸は膝に、一護は掌と肘にそれぞれすりむき傷を作ってしまった。藍染と松本も転んだが一護がクッションになった所為で傷らしい傷は作らずに済んだ。
 自分はともかく市丸はすぐに治療したほうがいいだろう。そう判断して花太郎の姿を探したのだが、他の子どもたちに連れて行かれて近くには見当たらなかった。何時戻ってくるかわからないものを待つよりはこちらから行動を起こしたほうが早いと思い、一護は市丸を抱えて四番隊へと移動する。
 柔らかく小さな膝から血が滲んでいる様子はかなり痛そうだ。市丸に怪我をさせてしまったことを一護は深く反省した。
 四番隊に行く間、松本と藍染の二人には自由に遊んでいるように告げたが、結局二人とも一護たちの後を着いてきた。怪我をしたというのに何が嬉しいのか市丸は一護に抱きかかえられたまま機嫌が良さそうに足をブラブラ動かしている。
 「ギン、怪我してんだからあんまり足動かすな。」
 「大したことないんじゃないですか?別にわざわざ一護さんが運ばなくても・・・。」
 「藍染はんがこんな酷いこといいはるで、一護ちゃん。」
 「ばっかね〜、ギン。一護さんも手を怪我してるんだからね!歩けるんなら自分で歩きなさいよ!!」
 「いやや、痛いもん。」
 ―――これは果たして、仲がいい、のだろうか。どうも両隣から殺気が迸っているような気がするのだが。
 (細かいことは気にしたらいけねぇよな。)
 尸魂界に関わるようになってから、痛いほど身についた習慣だ。一人で(無理矢理)納得しながら廊下を歩く。
 四番隊にはすぐ着いた。
 「失礼します。・・・すいません、今いいですか?」
 静かに戸をあけて恐る恐る伺ってみれば、予想していたよりも静かな風景が目前に広がっていた。先ほど会った浮竹の隊の様子や剣八の様子から地獄絵図を想像していた一護は拍子抜けする。確かに書類は多めにたまっていたし隊員たちも忙しそうではあったが、鬼気迫る、というほどではない。
 そして運良く一護の目当ての人物―――四番隊隊長の卯ノ花烈もいた。
 「あら・・・どうなさいました?黒崎さん。」
 「実はギンが怪我して・・・。」
 「まぁ。診せてくださいな。」
 怪我人がいるとわかれば卯ノ花の行動は早い。一護が市丸を床に下ろすと、すぐに膝の怪我の具合を診察する。
 「簡単なものではありますが、黴菌が入ったら大変ですわね。治療しておきます。他の方は怪我はありませんか?」
 卯ノ花の問いに首を横に振ろうとしたら、それよりも早く藍染と松本が動いた。一護の腕を取り、卯ノ花の方へと翳す。
 掌と肘から滲んだ血の量は、先程よりも多くなっていた。軽いものだと思っていたが、動かすと少々痛い。
 「一護さんがギンに巻き込まれて怪我しちゃったんです。」
 「治療お願いします。」
 まるで示し合わせたように説明する藍染と松本を見ながらこいつら実はいいコンビなのかも、などと一護はまるで関係ないことを考えた。
 のんびりした一護とは逆に、卯ノ花は慌てたようだ。
 「まぁ、砂が傷口に入り込んでるじゃありませんか。勇音、黒崎さんの治療を。」
 「わかりました。黒崎君、こちらへどうぞ。」
 「あ、はい・・・。」
 この忙しい時に隊長と副隊長をささいな怪我程度で独占していいものだろうかと不安はよぎったが、真剣な顔の卯ノ花と心配そうに見つめる小さな3対の目に見つめられ押し黙る。確かに傷は痛いし、治療してもらえるのなら有難い。
 一護は苦笑して、勇音の後についていった。
 「・・・さて。市丸隊長、傷を見せていただけますか?」
 「僕"たいちょう"とちゃうで?」
 一応卯ノ花の言葉に従いながら、市丸が唇を尖らせて抗議する。一護がこの場を去ってしまったせいで、些か不機嫌らしい。
 そのまま一護についていきかねない勢いだったが、松本と藍染が両側にたってガードしているので、それも叶わぬようだ。
 「そうでしたわね。ではギンさんとお呼びすればいいですか?」
 卯ノ花の手が血の滲んだギンの膝を包み込む。その手から柔らかな光が溢れて、徐々に傷が治っていった。
 「駄目や。大人で僕のこと"ギン"って呼んでいいのは一護ちゃんだけやねん。僕、一護ちゃん以外の大人なんて大嫌いやからな。」
 「あらまぁ、奇遇ですわね。」
 にっこりと可愛らしく笑ったギンに負けず劣らず満面の笑みを浮かべて卯ノ花が3人の子どもを見渡す。
 「私も黒崎さんに怪我をさせるような子どもは好きではありませんわ。」
 笑顔も、声も、優しげなものであるというのにすさまじく恐ろしいのは何故だろう。
 気のせいか、ギンの膝を包み込む光でさえ、一気に冷たくなったように感じた。
 笑顔の裏のささやかではない怒気を感じ取り、ひくり、と3人の子どもが顔を引き攣らせる。
 「故意にせよ過失にせよ、あの方に傷をつけるなど言語道断。例えどんなに小さなものでも許せることではありませんわ。そのこと、よーく覚えておいてくださいね・・・?」
 3人は叫びだしそうになるのを必死に堪えて慌てて首を縦に振った。ここで頷かないと、何をされるかわからない。
 「終わったか?」
 そこへひょっこりと一護が戻ってきた。張り詰めていた空気が一気に柔らかなものへと変わる。
 松本と藍染は慌てて一護に駆け寄り、その両側へとしがみついた。
 市丸も是非二人を見習って一護に助けを求めたかったが、未だ膝に卯ノ花の手が置かれているためぴくりとも動けない。
 「あ?何だ何だ?」
 「・・・市丸さんの治療も終わりましたわ、黒崎さん。」
 「有難う卯ノ花さん。」
 「いいえ、これが私の仕事ですから。」
 一護に笑顔で礼を言われ、嬉しそうに卯ノ花も笑う。先ほどまでの面影もない、いつもの卯ノ花だ。
 ようやく市丸も卯ノ花から離れ、一護へとしがみついた。びくびくした子ども3人にしがみつかれて、一護が首を傾げる。
 「何だ?お前ら。どーかしたのか?」
 「きっとお疲れになったんでしょう。いろいろありましたからね。」
 卯ノ花がそう説明すれば、一護は何の疑いもなく納得した。子ども3人からすれば卯ノ花に怯えてるのであって、別に疲れてはいないのだが、口答えすればまた先ほどの得体の知れない恐ろしさを味わうことになりそうで一言も反論できない。
 そんな様子に全く気付かない一護は、笑顔で卯ノ花と言葉を交わしている。
 「すいません、忙しい時に診てもらって・・・オマケに花太郎も借りちゃってるし。」
 「いえ、あの子もいろんな経験を重ねることが大事ですから。遠慮なく使ってやってくださいな。」
 「はは、お言葉に甘えさせていただきます。じゃ、お邪魔しました。ほら、お前ら挨拶は?」
 一護からポンと頭を撫でられ、恐る恐る子どもたちは卯ノ花を見上げる。卯ノ花は聖母のような笑顔を浮かべていた。
 けれども先ほどの件があったから、その笑顔を信用出来るはずもない。
 「「「・・・ありがとうございました。」」」
 何とか、小声でそう搾り出すのがやっとだった。
 「どういたしまして。・・・くれぐれも気を付けてくださいね、皆様。
 ―――後半部分に含みがあったように聞こえたのは気のせいだろうか。
 3人は慌てて一護を引っ張ると、四番隊を後にした。
 治療されて以来、どうにもおかしい様子の子どもたちに一護は首を捻るばかりである。
 「どうしたんだー?お前ら。」
 卯ノ花に一欠けらの疑いも抱かずにおける一護を哀れむべきか幸せというべきか。
 それでも告げ口する勇気が彼らにあるはずもない。
 「・・・何でもないねん。」
 「ええ、何でもないわ・・・。」
 「ちょっと、疲れてるだけです・・・。」
 その後もやけに大人しくなった3人を、一護はひたすら心配し続けることとなった。






<14>

 朝から噂になっている小さくなった同僚たちと一人の少年のことがどうしても気になって、午後になってからようやく狛村は重い腰をあげた。
 普段の2〜3倍の量にあたる書類も粗方片付いたし、多少の自由行動は許されるだろう。一応、心の中で言い訳をしつつ。
 出向いたところで何もできないことは十分に承知している。しかし、まるで子どもたちを押し付けるような形で少年に任せたことへの罪悪感が、どうにも狛村を落ち着かせてくれないのだ。
 朝の隊首会で総隊長は少年と子どもたちに大部屋を一室貸切にすることを告げた。そこへ向かえば、様子を見ることくらいはできる筈である。
 そう思いながら歩いている途中、狛村は何かに気付いてぴたりと足を止めた。
 笠を被っているため見えることはないが、その目は驚きに見開かれている。
 用途がなく誰にも使われていない小部屋に、件の少年―――黒崎一護が子どもに埋もれながら必死に人差し指を口に当てて狛村の方を見ていたのだ。
 狛村が固まったのも無理はない。
 (・・・何事だ?)
 ようやく狛村は我にかえると、恐る恐る、極力音を立てないようにして一護へと近づいた。
 傍に寄ってわかったのだが、一護は子どもに埋もれているわけではなく、壁にもたれかかった一護の右側に白哉、左側に雛森、そして一護の膝の上で吉良がよりかかって眠っているらしい。子どもの重みとは言え、3人分になればさぞかし窮屈だろうに、一護は平気な顔をして座っていた。勿論、時折ずれ落ちそうになっている子どもを支えて戻してやることも忘れていない。
 「・・・何をしているのだ?」
 何をしているのか、なんて一目瞭然なのだが、それでも狛村はそう問わずにいられなかった。わざわざこんな日の光も入らないような小部屋で昼寝をしないでもいいだろうに。
 狛村の様子には頓着せずに、一護が笑う。
 「昼寝中。午前中遊びまわってたから疲れたんだろうな。突然糸が切れたように全員ぱったり眠っちまった。」
 目を細めながら子どもたちを見下ろす顔は保護者のそれだ。慈しみに溢れた表情に、自然狛村も頬を緩める。
 突然9人もの子どもの世話を押し付けてさぞかし往生しているかと心配していたのだが、杞憂に終わったらしい。少年は、自分が思うよりもずっとしっかりした大人だったわけだ。
 「重くはないか?」
 「平気平気。ただこいつら寒くないかなーと思って、それが心配。」
 確かにこの部屋は少々肌寒い、気がする。子どもの身体には酷かもしれない。
 狛村は少し考えて、白い羽織を脱いで一護たちの身体に被せた。体の大きい狛村の羽織は一護たち4人を難なくすっぽりと包み込む。それなりに上等な生地で作られたものだから、多少の暖は取れる筈である。
 しかしこれに慌てたのは一護のほうだ。
 「ちょ、狛村さん!」
 「気休めくらいにはなるだろう?」
 「そりゃ有難いけど、これ大事なものじゃ・・・!?」
 隊の番号が書かれた白い羽織は隊長の証だ。死神たちの羨望と憧憬の的であり、着用は選ばれたものにしか許されない。そんな大事なものを毛布代わりにするわけにはいかなかった。
 冷や汗をかく一護に、狛村が穏やかに首を横に振る。
 「構わぬ。どう使おうと持ち主の自由だ。」
 「でも・・・!」
 一護の剣幕に刺激されたのだろう。少しだけ意識が浮上したのか、吉良が僅かに身じろぎした。途端一護の身体は固まる。
 お互い小声で喋ってはいるものの、これ以上問答を続けていては、子どもたちを起こしてしまうかもしれない。身じろぎしただけで目を覚ましはしなかった吉良の様子に、お互いほっと息をついた。
 「子どもたちが起きたら後で儂のところに持ってきてくれ。それとも誰か取りに来させ―――。」
 「いや、俺が持って行く。・・・有難く使わせてもらうな。」
 まだ躊躇いはあるものの、一護は狛村の好意に甘えさせてもらうことにした。子どもたちが風邪を引いたら困るし、羽織を借りれるのは正直かなり有難い。これ以上断るほうが、失礼に当たる気がした。
 仕事に戻る狛村に、後で絶対返しに行くからとしっかり断って、一護は狛村の羽織に包まれながら、今しばらく子どもたちの寝顔を見て過ごすことにした。


 数時間後、綺麗に折りたたまれた羽織を手に子ども3人と一護がお礼を言いにやってきて、狛村を喜ばせたことは言うまでもない。






<15>

 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 異様な雰囲気に、一護は困って頬をかいた。東仙が檜佐木と共に一護たちの様子を見にきてからずっと睨みあいが続いているのだ。否、睨んでいるのは檜佐木ただ一人で、子どもたちは怯え一護と東仙はただ困っているだけなのだが。
 「・・・檜佐木さん、顔怖いッス。」
 「俺はいつもこんな顔だ。」
 一護の言葉に対する返事は素早い。それに、妙にぴりぴりしている。
 「修兵、いくら吉良くんたちを見てショックだからって、そんなに凝視したら怯えてしまうよ。」
 東仙の言葉でようやく檜佐木は子どもたちから視線を外した。その途端一護にしがみついていた吉良・雛森・恋次の体があからさまに緊張を解く。
 ―――どうにも子どもには好かれないタイプのようだ。
 「まぁそうだよな、目つき悪いしガラも悪いしガタイいいし顔に破廉恥な刺青してるし。よしよし、見かけこんなんだけどお前らに危害は加えさせないから安心しろ。」
 「おいこら、全部声に出てんぞ。」
 檜佐木が口を開いた途端、頭を撫でられていた吉良と雛森が怯えて一護の首に縋りつく。哀れなほど震えている二人の背を宥めるように撫でながら、一護は檜佐木を睨んだ。
 「あんま怯えさせるんなら出て行ってもらいますよ。」
 一応、一護は子どもたちの世話の責任を全て担っている。本人に悪気がなくともこれ以上檜佐木が皆を怯えさせるのなら実力行使も厭わないつもりだ。
 一護の本気を感じ取ったのだろう。檜佐木はばつが悪そうに顔を逸らすと一歩下がって子どもたちから僅かに距離をとった。
 その様子を見て、東仙が苦笑する。
 「まぁまぁ、黒崎君。あまり修兵を責めないでやってくれまいか。・・・修兵はそこの3人と真央霊術院にいた頃先輩後輩の仲でね。後輩たちの変わりすぎた姿にちょっとショックを受けているんだよ。」
 「そうなんスか?」
 「・・・まぁ、一応な。」
 真央霊術院という名前はルキアから聞いたことがあったが、檜佐木や吉良たちに学生時代があったことや、先輩後輩の関係にあったことは何だか想像ができない。しかし言われてみれば、恋次は檜佐木のことを『先輩』と呼んでいたような気がする。
 ただいくら世話になった先輩とは言え、今の恋次・吉良・雛森にはそんなことはわからないだろう。怯えて一護に縋りつくばかりだ。
 その中で恋次は恐怖心よりも好奇心が勝ったのか、檜佐木のほうへと足を踏み出した。何故かそれと同時に檜佐木も一歩後ろへ下がる。
 「「・・・・・・。」」
 一歩、また一歩。恋次が進めば檜佐木が下がる。その繰り返しだ。
 おかしい。
 (・・・まさか。)
 「檜佐木さん。・・・アンタもしかして子ども苦手?」
 一護の言葉に反応して、檜佐木の体がびくりと揺れた。どうやら図星だったようだ。あからさまに動揺している。それでも恋次から視線を外さず距離を保とうとする姿勢は流石というか何というか。
 先ほどから子どもたちを凝視していたのも、あまり近寄られたくないが故にだったらしい。視界に入らないとどこにいるのかわからず、怖いのだろう。意外な弱点だ。
 既に恋次は面白がり始めて、走りながら檜佐木を追いかけている。笑顔の子どもが切羽詰った顔の大人を追いかけている風景は、朝子どもたちに苛められていた平死神たちの姿を思い出して何だか余りにも可哀想で見ていられない。
 「・・・恋次、こっち来い。その辺にしといてやれ。」
 これ以上放っておくのもどうかと思ったので、恋次を傍に呼び寄せる。悪乗りはしないと思うが念のため抱き上げておいた。
 恋次が一護に抱き上げられたのを見て、檜佐木もようやく元の位置に―――東仙の斜め後ろに戻った。ただ、図星を差されたのがショックだったのか、それとも恋次に追いかけられて落ち込んだだけなのか、今度は顔を上げようとしない。
 気まずい沈黙が周囲を満たす。
 「・・・じゃ、そろそろ戻ろうか修兵。」
 「そうですね・・・。」
 何しに来たんだあんたら、とは、一護も言わないでおいた。
 「あー、じゃ、また。」
 「頑張ってね黒崎君。」
 「・・・・・・。」
 一護に見送られゆっくりと歩く東仙の後ろを檜佐木は無言でついていく。子どもたちと随分離れた頃、深い溜息が自然に出たことは、仕方のないことだと言えよう。
 東仙はそんな檜佐木の様子を見て、笑みを深くした。
 「修兵が子ども嫌いだとは思わなかったよ。」
 「嫌いというか・・・苦手なだけです。」
 敬愛する自隊の隊長に知られたことが相当ショックだったらしく、返す言葉もどこか弱々しい。
 確かに子どもは苦手だった。近づけばすぐに泣くし喚くし暴れるし。あんな小さい生き物どうしていいのかわからない。子ども受けしないタイプであることに自覚はあったから極力関わらないように生きていたのだ。
 しかし後輩や同僚たちが子どもになればそういうわけにいかないし、その世話を任された一護のことが気になって仕方がなかったので、様子を見るという東仙に着いてきたのだが。
 (行かなきゃよかった・・・。)
 やっぱり子どもに怯えられるし挙句追いかけられ(恋次の野郎、元に戻ったらぶん殴ってやる)、東仙と一護に子ども嫌いなことがばれる始末。
 それに、子どもになったからとはいえ、一護にべたべたと引っ付く吉良や恋次の姿を見たら腹が立つだけだった。
 心の中でこっそりそう考えていただけだったのだが。
 「オマケにその子どもが黒崎君にしがみついていたら、落ち込みたくもなるだろうね。」
 ―――東仙にはお見通しだったらしい。
 「羨ましい?」
 「あの、隊長。もう俺のことは放っておいてください・・・。」
 己の心配をしてくれるのは有難い。
 有難いがしかし、今はそのことに触れないでいて欲しいと思う檜佐木であった。



15〜18話・番外編へ続く







SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送