My precious child!



※幼児化注意






1、Sword of legend

 瀞霊廷には何十、何百本という数の斬魄刀が管理されている。
 無論始解も済ませていない斬魄刀は、どれも変わりがない平凡な刀だ。個性など全くない。
 が、唯一ここに、例外の斬魄刀があった。
 主人がいないというのに、既に常時始解の状態であり、長さは人の身丈ほど、刃も異常に大きい。その形に合う鞘などなかったから、抜き身のままで放置されていた。
 いつ誰の手によってどういう経緯で作られ、なぜ始解の姿を留めていられるのかは誰にもわからない。そんな斬魄刀などどこにも見当たらないから、この刀の存在は死神の間では半ば伝説化されて伝わっていた。
 珍しい斬魄刀は、人目をひく。今まで様々な死神がこの刀の主人になろうと挑戦した。
 こんなに立派な斬魄刀を振るえばさぞかし見目もよかろうし、誰も持てなかった刀に選ばれれば名も売れるというもの。しかし、そんな浅はかな欲望で挑戦した者はこの刀を持ち上げるどころか動かすこともできずに、すごすごと引き下がる結果となった。
 そうやって若い死神たちの力試しのシンボルのような存在になりながら、その刀は長い年月放置され続けていた。
 が、ある日、状況が一変する。保管庫の中からその刀が消え失せていたのだ。
 斬魄刀はいわば、死神の命。勝手に持ち出すことは許されず、見つかれば厳しい刑を受けることとなる。それを知りながら、よりにもよって伝説の刀を持ち出したものが現れたのだ。
 上層部は躍起になって犯人を捜した。しかし手掛かりなど全く掴めない。
 そもそも、あの刀自体を一ミリたりとて動かせるものが今までいなかったのだ。それをどうやって持ち出したのか、方法すらも検討がつかない。
 暫く捜索を続けていたが結局進展はなく、その刀の存在は誰にもわからないものとなった。

 それが、5年前のことになる。






2、Meet again

 緊急収集された隊長たちの中心に、大きな斬魄刀が安置されていた。
 はあ、とか、おお、とか。溜息ともつかない声が一同の口から漏れる。
 「・・・かつて姿を消した斬魄刀じゃ。間違いなかろう。」
 山本の声に、全員が縦に首を振った。一度でも目にすれば忘れることのできない立派な刀だ。こんなに威圧的で、巨大な刀は他にない。
 伝説の刀が見つかったと、隊長格に伝令が渡ったのは数刻前のこと。もう二度と目にすることがないだろうと思っていた刀が再び現れたと知って、全員が興奮したような足取りで集まった。隊長の中にも、かつてあの刀を手に入れようと挑戦した者がいなくはない。
 あの頃と寸分変わらぬ刀の姿に、皆ほれぼれと見惚れる。
 「・・・それにしてもさぁ、山爺。」
 かつて山本の教え子であり、今は八番隊の隊長である京楽が首を傾げた。
 「この"伝説の刀"が数年ぶりに発見されたってことは、これを盗んだ賊を捕まえたってことでしょう?一体、そいつはどんな手を使ってこれを盗んだんだか、僕はそれに興味があるねぇ。」
 「・・・賊など最初からおらぬ。」
 思いもよらぬ答えに、京楽をはじめ全員が目を見開く。
 賊がいなかったというのなら、5年前のあの騒ぎは何だったというのか。管理の厳しい保管庫から斬魄刀が盗まれた、おまけに今まで誰の手も受け付けなかった刀が消えたとあって、ここに集まる全員も長い間手を煩わされたのだ。
 これ以上説明すれば周囲の戸惑いが更に酷いものになるだろうことを予想しながら、山本はゆったり口を開く。
 「盗まれたのではない。聞くところによると、この刀は自らの意思であの保管庫から姿を消したらしい。」
 「ちょっ・・・待ってよ山爺!」
 「自らの意思でって・・・主人もいない斬魄刀にそんなことできるわけがないでしょう!?」
 京楽と、同じく教え子であった十三番隊隊長の浮竹が色めき立つ。しかし山本は首を左右に振るだけだ。
 「信じられぬのも無理はないと思うが、事実じゃ。・・・儂よりも"本人"に話を聞いたほうがお主らも信じられるかの?」
 え、と全員が山本を見る。
 山本は視線を集めたまま、刀に歩み寄ってその柄を二度三度軽く叩いた。まるで、親しい友の肩を叩いて呼び止めようとするかのように。
 「出てきてくれるか・・・"斬月"。」
 名を呼んだ途端、ゆらりと何もなかったはずの空間が歪む。突然の事態にそれぞれ緊張が走った。
 ぼんやりとした影が次第に一つの像を結び、黒衣の男の姿が浮かび上がる。
 サングラスに洋装という、尸魂界では目にすることのない外見だった。長く伸びた前髪の間から、鋭い目が覗いている。
 「この男がもしや・・・。」
 「"伝説の刀"の具象化した姿なん・・・?」
 砕蜂と市丸の呆気に取られた呟きに、男は静かに頷いて見せた。






3、The past

 黒衣の男が語ることには。
 5年前、保管庫の中で彼は彼の主人が尸魂界に現れたことを悟ったらしい。同時に、その主人の命が燃え尽きようとしていることも。
 長年待ち続け、欲していた存在が、手に入ると思った瞬間にいなくなろうとしている。
 男は焦った。彼にとっては主人の存在、主人の無事が第一である。迷うこともなく具象化し、保管庫を抜け出して主人のもとへと走った。
 そうして、流魂街の一箇所で、産着にくるまれた主人を見つけた。
 生まれて暫くで、病にでもあって生を全うしたのか。まだ泣くことしかできないような頼りない存在だった。そんな赤子が流魂街に振り分けられたとしても一人で生きていけるはずもない。
 男は泣き疲れて腹を空かせた主人を抱え、近くの民家へと向かった。幸いにもそこは流魂街の中でも治安がいいほうで、周囲の人間も暖かく身元の知れぬ男と赤子の存在を受け入れてくれたのである。
 以来、とある一人の死神に発見されるまで、男と子どもはその村で暮らし続けていた。

 * * * 

 「・・・自分で具象化して保管庫を抜け出した挙句、5年間も子育てしてたっていうのか?斬魄刀が?」
 ひくり、と頬を引き攣らせつつ、日番谷が確認を取る。他の隊長たちも訝しげな顔で男を見た。
 死神は斬魄刀があるからこそ戦えるように、斬魄刀も死神がいなければただの刀だ。主人がいなければ具象化なんてできるはずもないのである。ましてそのまま主人を育てる斬魄刀など聞いた例がない。
 だが、相手は既に始解も済ませていた伝説の刀。こちらの常識など、通用しないようだった。
 「お前たちは何故具象化ができるか不思議に思うかもしれないが、私は私ができる範囲で主人を助けただけのこと。あれがいなければ私が存在する意味もなくなるからな。」
 こんなことを、簡単に言ってくれる。
 それだけこの斬魄刀自体が力を持ったものであるということかもしれない。そうなるとこの刀の主人はそれ以上の力の持ち主だとでもいうのか。
 「・・・大体の流れはわかったかの?」
 斬月に話を任せ、黙していた山本がようやく口を開く。眇められた目に見つめられ、隊長たちは戸惑いながらも頷いた。
 「では本題に入ろう。」
 トン、と、山本が杖をつく、その音がやけに大きく響いた。






4、Announcement

 「・・・本題、ですか?」
 卯ノ花が確かめるように呟く。全員、"伝説の刀"が戻ってきたことを報告することが今回の緊急収集の目的かと思っていたのだ。
 山本は背後にある襖を振り返った。
 「連れてまいれ。」
 言葉に答えるかのように、襖が両側に開く。控えていたのは、隠密機動総司令官であり刑軍統括軍団長である四楓院夜一だった。
 その腕の中に、子どもが一人。
 橙色の髪の毛が鮮やかな、愛らしい顔をした少年だった。きょとんとした顔でこちらを見ている。
 「よ、夜一さん?その子は一体・・・。」
 夜一の幼馴染である浦原が皆の疑問を代表して疑問を口にすると、夜一はニヤリと猫のような目を細めた。
 「聞いて驚け。今の今まで話題に上っていたそこの斬魄刀の主人じゃ。ついでに儂の可愛い子どもでもある。」
 「はぁ!?何言ってるんですか貴女!!」
 「嘘ではない。散策中に流魂街で斬月とこやつを見つけたのは儂での。気に入ったからついでに後見人になったのじゃ。」
 な?と夜一が子どもに同意を求めると、子どもも首を僅かに傾げてにっこりと笑いながら同意している。その様は大変可愛らしく心温まるものであるのだが、今はそんなことを論じている場合ではない。
 こんな子どもが、伝説の刀を斬魄刀として所有するだけではなく、四大貴族の一つである四楓院家を後ろ盾にもつことになるとは。
 尸魂界が揺れるような大事である。少なくとも、そんなに簡単に言ってのけていいようなものではない。
 「・・・本題というのは、この子どものことじゃ。」
 乱れた場を戒めるかのような、山本の落ち着いた深い声が通る。
 「聞いての通り、既に斬月はこの子どもを主人として認めておる。つまりゆくゆく死神になることは確定しておるも同然。そんな者を流魂街に置いておくわけにはいかぬと思い、こちらに引き取ることにしたのだ。幸い、四楓院家が後見人になると申し出てくれたしのう。」
 「・・・私も長く具象化していた所為かこれ以上この姿を保って一護の保護者として流魂街で生活していくのは難しい。瀞霊廷で一護を大事に育ててくれるというのならば、否やはない。」
 「と、いうわけで、これからこやつは此処でお前らにも世話になるということじゃ。実地で学ぶのが一番いいからのう。ほれ、一護。皆に挨拶せい。」
 夜一の腕から降り、促されて子どもは周囲を取り囲む隊長たちを恐れることなく見渡した。そのままにっこりと笑顔を浮かべる。
 「くろさきいちごです。どうぞよろしくおねがいします。」
 ぺこり、と挨拶する動作も幼く、人好きのする笑顔は見ていて楽しいものだった。
 しかし全員、予想もしなかった事態とまるで打ち合わせでもしてあったかのような(否、実際してあったのだろう)流れるような3人の言葉の意味を理解するのに精一杯で反応することができてない。
 固まった隊長たちの中で、一番初めに復活したのは藍染だった。
 「・・・し、しかし総隊長。護廷で面倒を見ると言っても、この子は全く普通の子どものように見受けられるのですが?」
 「おお、そうか。忘れておった。一護、もうそのお守りは外してよいぞ。」
 「いいの?おじいちゃん。」
 一護は山本に向かって手を翳した。その小指には丹念に編まれた細い糸が絡みついている。
 げ、と数人から奇声が上がった。見覚えがあったのだろう。その"霊圧制御装置"に。
 短い指が不器用な仕草でその糸を取り払う。糸が子どもの指を離れた途端、膨れ上がる大量の霊圧。
 「「「・・・・・・ッ!」」」
 かろうじて、悲鳴を飲み込んだ。十分に隊長格を満たす霊圧を、ほんの小さな子どもが有しているのだ。全員冷や汗を垂らしながら子どもの姿を見つめる。
 子どもは平気な顔をして、霊圧制御装置だった糸を片手に遊んでいた。
 「全く霊圧が感じられなければ逆に居場所がわからなくなって危ないからのう。霊圧を自由にコントロールできるような装置があればいいんじゃが・・・。」
 「・・・それはアタシの管轄でしょうね。すぐに作ってプレゼントしましょ。」
 疲れたように、浦原が答える。幼馴染もとんでもない子どもを拾ってきたものだ。―――そりゃ、大層可愛らしい子ではあるものの。
 渦中の幼子は何も知らず、ただにこにこと笑っていた。






5、Foster father

 今後一護の面倒をどういう風に見ていくのか、夜一をはじめ死神たちは話し合いをするために顔をつき合わせている。
 己のこととは言え、よく状況がわかっていない一護は退屈なのか、とことこと己の養い親のところへ向かった。
 「ざんげつ。」
 名を呼んで、手を伸ばす。相手も慣れたものですぐに一護を抱き上げた。
 「・・・ね、ざんげつはもうおやすみするの?」
 顔を傍に寄せて、一護が大きな目で斬月を見つめる。突然見知らぬ場所に連れてこられ、大人たちに囲まれたというのに一護の目に怯えや不安は全くない。斬月がいれば大丈夫なのだと、全ての信頼を己の斬魄刀に寄せているようだった。
 しかしその斬魄刀に、「暫く私は休む」と言われたのは最近のこと。今まで少しの間も離れることなく二人きりで暮らしてきたのに、夜一と出会ってから自分たちの生活は急変しているようだということは一護にもわかる。そんな折に言われた「休む」という意味を一護は正確に把握していなかった。
 もしかしたら、斬月はどこか遠くへ行ってしまうのだろうか。
 それは絶対に嫌だ。
 斬月は、先程まで死神たちと対峙していたとき一ミリたりとも動かさなかった表情を、一護に対するときだけの穏やかな笑みに変える。
 「ああ、休む。しかしそれはただこの姿を保つことを止めるというだけだ。刀の方はいつだっているし、私自身もお前と一心同体のようなもの。常に傍にいることには変わりない。」
 「ほんとう?」
 「ああ。それにお前が呼べばいつでもこの姿で傍にいく。」
 「うん。・・・よかったぁ。」
 へにゃり、と。安心と喜びを満面に表した顔で幼子は笑った。
 斬月は片手で一護を支えたまま、空いた手で一護の頭をあやすように撫でる。
 「夜一と、世話になる死神のいうことをよく聞いていい子で過ごせ。」
 「うん!はやくざんげつといっしょにたたかえるようになるまでがんばるね!」
 やくそく、と差し出された小さな指に、斬月は自分の長い指をそっと絡めた。

 * * *

 「・・・見事。」
 「いい"お父さん"ぶりだね。」
 話し合いの途中、何となく全員の視線が斬月と一護に集まり、それからずっと二人のやりとりを観察した上での狛村と東仙の感想である。
 「父性愛をもつ斬魄刀があるとは思いもよらなかったッスねぇ〜。」
 刀が子育てとは、と思っていたが、二人の様子を見ていると馬鹿にできない。浦原は愛用の扇子を口に当てて興味深げに斬月と一護を見ていた。
 その様子に、なぜか夜一が胸をはる。
 「5年間、村人たちの手伝いがあったとはいえあやつは一護を一人で育てたのじゃぞ。孕ませたまま捨て置きそうな女癖の悪いどこかの誰かさんよりよっぽど頼りになるいい男じゃ。」
 「ちょっ!夜一さん?それ誰のこと?何かアタシに棘があるような気がするんですけど!」
 「否定もできぬくせに。お前はあまり一護に近づくなよ。妙なことを覚えさせられたら困るからのう。」
 「ひどい!!」
 その場には夜一の台詞に素直に感心している者や、身に覚えがあるのか胸に手を当てて苦い顔で過去を振り返っている者、そんな誰かさんを冷ややかな目で見つめている者などしかいなかったので、よよと泣き崩れる浦原に慰めの声を掛けるような余裕はその場にいる誰にもなかった。



6〜10話へ続く







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