My precious child!



11、Strengthen

 四楓院家の広大な屋敷の一部屋で、白哉は静かに座っていた。
 一人ではない。白哉の目の前には布団が敷かれており、その中で子どもが眠っている。それを邪魔せぬように、傍で本を広げながら様子を見守っているのだ。
 四大貴族の一つである朽木家の当主が来たとあって四楓院家の使用人たちは必死にもてなそうと気を使ったが、部屋には誰も近づかせぬようにと言い含めておいた。人の気配が多ければゆっくり休むこともできないだろうという、目の前で眠る一護のための配慮である。
 雨の中、夜一から呼び出されたのはつい先程のこと。切羽詰った様子に何事かと思ったら、先日から共に暮らしている幼子が熱を出して寝込んでいるという。看病すればよかろうと呆れながら返せば怒り狂った形相で詰め寄られた。
 「一日付きっ切りで看病したいのは山々じゃ!しかし今日はどうしても儂が行かねばならぬ任務がある!砕蜂も共に行かねばならぬし・・・。」
 「まさか私にその者の世話をしろというのではないだろうな。」
 「そのまさかじゃ。でなければ非番の日にわざわざ呼び出したりするか。」
 「貴様・・・。」
 「おぬしくらいにしか頼めそうな者がおらん!一護の傍にいてやってくれ!!」
 暫くやりとりは続いたが結局は白哉が折れた。幼い頃からの長い付き合いだが、夜一が取り乱すのもこうして誰かを頼ることも珍しかったからである。
 白哉がここを訪れた時点で一護は眠っていた。顔は赤いものの穏やかな眠りだったのに、時間が経つにつれ苦しそうな呼吸に変わり酷く汗をかいている。熱が上がってきたようだ。
 休んでいるところを邪魔するのは気が引けたが、一度起こして食べ物と薬を与えた方がいい。そう判断して白哉は一護の身体へと触れた。
 「・・・一護、起きれるか。」
 軽く揺さぶってやれば、少し遅れて目が開く。薄茶色の瞳がぼんやりと白哉の姿を捉えた。
 「・・・だあれ?」
 「夜一の知り合いだ。お前の世話を任されている。」
 「よるいちさん・・・。」
 「ああ。食欲はあるか?」
 熱のせいであまり頭が働かないのか、緩慢な動作で一護は首を横に振った。あまり食べたくはないらしい。
 その答えは予想していたものだったが、何か腹にいれなければ薬も飲めない。白哉は何か食べやすいものをと用意していた林檎を擂り下ろすために手に取る。幼子の熱に浮かされる忙しない呼吸の音と、林檎を擂る音と、細かな雨の音が静かな部屋に響いた。
 ―――雨が、苦手だと言う。
 幼い頃から、雨が降れば決まって熱を出していたらしい。普段は健康児そのものなのに、雨が降っている間だけは熱に浮かされ、雨がやめばまたケロリとしている。体質か精神的なものに拠るものか。原因はわからないが幼い子どもが熱に魘され苦しんでいる姿はあまり見ていて気持ちのいいものではなかった。
 ただでさえ、病人にはあまり近寄りたくないのだ。―――どうしても、亡き妻を思い出してしまうから。
 臥せっている姿も、起きるために手を貸してやるのも、林檎を摩り下ろしてやるのも全て引き金となり過去へと思いを馳せてしまう。
 青白い顔。日に日に体力が奪われるのはつらいだろうに、それでも幸せだと笑っていてくれた。
 二度ともう、その笑顔は見れないけれども―――。
 「・・・おにいちゃん?」
 か弱い声に、意識を引き戻される。慌てて目の前の少年に視線を戻せば、つらそうな顔をしてこちらを見る目とぶつかった。
 「どこかつらいの?おれのがうつった?」
 一護の方が熱に浮かされ余程つらいだろう。それなのに、幼子は懸命に白哉の心配をしていた。
 暫し呆気に取られたが、すぐに気を取り直し、掌を熱い額に乗せる。
 二度三度ゆったりと撫でてから、白哉は珍しく柔らかい笑みを浮かべた。
 「大丈夫だ。」
 「ほんとう?」
 「ああ、私よりもお前の方が心配だ。早く良くなってくれ。」
 「・・・うん。」
 じっと目を見つめてそう言えば、安心したように目を細めて頷く。それから擂り下ろした林檎を食べ薬を飲ませて、横になった一護の傍に座った。
 雨音は先程よりも小さくなっている。もう暫くすればきっと止むだろう。そうすれば、この優しい子どもも元気になるはずだ。
 「ゆっくり眠れ。」
 少しでも早く良くなるようにと願いを込めて、白哉は次に一護が目を覚ますまでずっと小さな手を握っていた。






12、To the dear elder brother

 ルキアは自分の横を歩く子どもの姿にそっと視線を向けた。鼻歌でも歌いだしかねないほど上機嫌な様子で一護は六番隊へと続く廊下を歩き続ける。
 そう、二人は白哉に会うために六番隊に向かっているのだ。
 今朝十三番隊に来るや否や、一護はルキアに向かって「ええと、びゃくやさんとどこにいけばあえるかしらない?」と聞いてきた。突然の訪問にも驚いたが、一護の口から己の義兄の名前が一番に飛び出たことにも驚いた。
 しかも、会いたいという。
 どこに行けば会えるかなんてわかりきってはいるが連れていっていいものか迷った。潔癖な兄のことだ。仕事上に子どもが乱入すれば気分を害してしまうかもしれない。
 無表情と固い口調でわかりにくいものの根は優しい人柄なのだとルキアを始め親しいものたちは知っている。しかしそれがまだ幼い一護に理解できるかどうか。
 なるべくなら一護に泣いて欲しくない。白哉のことも誤解して欲しくない。もしものときにフォローができればと思い、道案内もかねて一護と共に六番隊に向かっているのである。
 程無くして着いた目的の扉の前でルキアは無意識の内に身を固くする。美しくも冷たい双眸を思い出しながら、失礼にならない程度の音量でノックした。
 「誰だ。」
 「ルキアです。お邪魔して申し訳ありません。」
 「・・・入れ。」
 許可を得れたことに安堵して静かに扉を開けると、止める間もなく小さな塊が隊首室へ突入していった。
 「待ッ・・・!」
 「びゃくやさん!」
 ―――はい?
 呆気にとられたままルキアは非常に珍しいものを目撃することとなる。滅多に表情を変えない兄が驚きに目を瞠り、それから微笑を浮かべ、まっすぐに自分の元へと駆け寄ってきた幼子を膝の上に抱き上げたのだ。
 それは本当に注視せねばわからぬようなものだったとしても、あの白哉が笑顔を浮かべるとは。思わずルキアは先に隊首室にいた恋次と顔を見合わせてしまう。
 幼馴染同士何だこれはと目で会話しあうがお互い状況が把握できていないのだからやり取りする情報がない。
 そんな二人のことなど目に入らない様子で一護と白哉は仲良く笑いあっている。
 「このまえはありがとう!」
 「もう身体は大丈夫なのか?」
 「うん、びゃくやさんのおかげだよ!」
 ―――一体何があったんだ!?
 堪えきれず、完全に世界を作っていた二人の間に割り込んだのは恋次のほうだった。
 「あ、あの。隊長。」
 「・・・何だ。」
 一護と話しているときの柔らかい声とは違って恋次に対する声はいつもの同じものだ。これが無意識の内の使い分けだというのなら怖い。
 ひくりと頬を引き攣らせながら最も気になることを正直に口にした。
 「その子どもと知り合いなんですか?」
 「ああ。通達していたと思うが四楓院家が引き取った子どもだ。黒崎一護という。先日ちょっと関わりがあってな。」
 「はぁ。」
 肝心な関わりの内容までは話してくれないらしい。しかし上司が子どものことを気に入っていることはわかる。話している最中もずっと橙色の髪の毛を撫でているのだから。
 ふと、気付いたように白哉がルキアへと目を向けた。
 「ルキアが一護を連れてきてくれたのか。」
 突然話を振られたルキアは狼狽する。慌てつつも反射的に頷いた。
 「は、はい、兄様。朝一護に聞かれたものですから、迷ってはならぬと思いまして・・・。」
 「そうか。・・・すまんな。」
 ヒイッ、と声にならない悲鳴があがる。白哉が柔らかい雰囲気を醸し出しつつ労いの言葉をかけるなんて。それだけ一護を大事に思っているということなのだろうが、あまりに普段の彼とギャップが激しくて、ルキアと恋次は思わずこっそり己の太ももをつまみ上げた。
 ―――痛い。
 間違いなく、今ここで起こっていることは現実のことらしい。
 「・・・一護?」
 それまで妙に大人しかった一護の様子にようやく白哉が気付く。顔を覗き込めば、大きな目がじっとこちらを見ていた。
 「どうした?」
 「うん・・・ええと。」
 もじもじと幼子が言いよどむ。続きを促すと、躊躇いつつも小さな口が動いた。
 「びゃくやさんはいっぱいいろんなよびかたがあるんだなぁとおもって。」
 「・・・そうか?」
 「うん。だって"びゃくやさん"とか"たいちょう"、"にいさま"に"くちきさま"に、それと、"びゃくやぼう"?」
 最後の呼び方は恐らく少年の後見人のものだろう。あまりそれを快く思っていない白哉の顔が苦々しく歪む。
 しかしそう言われればいろんな呼び方をされているのも事実だ。幼い一護には混乱の元になるかもしれない。
 首を傾げて、一護は白哉を見上げる。
 「おれはびゃくやさんのことなんてよべばいい?」
 「・・・好きに呼べばいい。今のままでも構わぬ。ああ、だが夜一の真似をするのだけはやめておけ。」
 「好きに呼んでいいの?」
 「・・・ああ。」
 承諾した途端嬉しそうに目が輝くという一護の反応に、少し早まっただろうかと白哉は思った。まさかとは思うが夜一以上に妙な呼び方をされてはかなわない。子どもというのはときに大人の想像を超える奇抜な発想をするものだ。
 恋次とルキアも、好奇心と不安を綯い交ぜにした顔で見守っている。
 やはりそのままの呼び方をさせておいた方が無難か。そう思ったとき。
 「じゃあ・・・"びゃくやおにいちゃん"。」
 頬を紅く染めて、照れたようにそう呼ぶ一護の様子は文句なしに愛らしかった。一瞬三人をピンク色の霊圧が包んだほど。
 "白哉さん"ではなく、"白哉お兄ちゃん"。おまけにちょっと拙い口調で。
 あまりの衝撃に固まった三人に、一護は必死に理由を述べる。
 ルキアが"兄様"と呼ぶのを聞いたとき、自分にも兄がいたらいいのにと憧れた、と。そして自分も白哉のことを兄と呼びたくなったのだと話す一護を止める人間は一人としているはずがなかった。
 「いいと思います兄様!是非一護にそう呼ばせてやってください!」
 「そうですよ隊長!俺からもお願いします!」
 「ああ、勿論構わぬ。」
 寧ろ全力で推奨の方向だ。全員から力強い肯定を受け取った一護の顔も喜びに輝く。
 「兄が欲しいのなら私が一護の兄になろう。」
 「ほんとう?」
 「血の繋がりなどなくても、お前は私の弟だ。」
 「うん・・・ありがとう、びゃくやおにいちゃん!」


 その後暫くして一護を本気で義弟に迎えようとした白哉が夜一と争うのは、また別の話である。






13、Another story



「12、To the dear elder brother」の続き。






14、Favorite tail

 柔らかな陽の光が差し込む隊首室で、狛村は書類に筆を走らせていた。
 いつも顔を覆っている鉄笠はない。人の出入りが少ないとはいえ素顔を晒すことに抵抗のある狛村はどんな場所だろうとも鉄笠を取ることはなかったのだが、今は別だ。
 仕事に勤しむ狛村の背後で、幼子が尻尾と戯れている。狛村が笠を被ろうとしないのは全てこの子どものためだ。
 黒崎一護という特殊な子どもを瀞霊廷で育てるという決定は、山本の下したものであるならそれで狛村に反対する理由がない。それどころか自分にできることなら惜しみなく協力しようと思っている。
 だからこそ顔は晒すまいと決めていた。怯え、泣かせてしまうのは可哀想だと。
 しかし、実際に会った一護は狛村の獣の姿よりも顔を隠される方を怖がった。目を見て話せないのは怖いらしい。鉄笠を取ってほっとされるなど狛村には初めての経験である。
 素直で、優しい子ども。一遍で狛村は一護のことを気に入った。
 だから一護が来たときは、こうして素顔のまま過ごすようにしている。一応手の届く範囲に鉄笠は置いてあるものの、それが活躍することは殆どない。
 最近の子どものお気に入りは狛村のふさふさとした尻尾で、放っておけば何時間もじゃれついて遊んでいる。手で掴んだり、顔を埋めたり。時折狛村がくすぐるように尻尾を揺らしてやれば、きゃあきゃあと子ども特有の甲高い声が聞こえた。
 「一護。」
 「なあに?こまむらさん。」
 両腕で揺れる尻尾を捕まえた一護は上機嫌な声で答える。
 「もうすぐ仕事が終わる。そしたら東仙のところにでも共に行くか。」
 「いく!」
 「暫し待っていてくれ。」
 「うん!!」
 返事を聞くと共に、するりと尻尾を抜き取る。幼子の優しすぎる力で抱きとめられていたそれは難なく自由に動き回るようになった。
 再び揺れる尻尾を捕まえようと躍起になる一護の様子に、狛村は知らず笑みを浮かべながら、約束を果たそうと残り少ない書類に取り掛かり始めた。

 * * *

 「・・・とまぁ、何ともほのぼのとした光景が繰り広げられているらしいということを一護から聞いた。」
 「そ、それはまた・・・。」
 ところ変わって、こちらは夜一の仕事場である。仕事に来れば一護と離れ離れになってしまうということで、夜一は最近やる気がない。仕方なく砕蜂は一護の話題を振りながら、どうにかして夜一の機嫌をとりつつ仕事を捗らせようとしているのである。
 しかし話し込みすぎて手が止まる事もしばしば。今は夜一から聞いた狛村と一護の話の衝撃に、砕蜂の手が止まってしまっている。
 だってあの狛村が。あまり人を寄せ付けない雰囲気を醸し出しているというのに、最近はよく一護と一緒にいるなんて。しかもその隊首室ではふわふわと尻尾と戯れる一護という何とも愛らしい光景が繰り広げられているという。
 「・・・是非写真に撮りたいですね。」
 「そうじゃろう!そう思うじゃろう!!」
 ぽつりと溢した言葉に、夜一は筆を振り回しながら同意する。弾みで墨が飛び散って書類が何枚か汚れてしまったがそんなもの目に入っていない。
 脳裏にあるのはいつだって、愛しい養い子の姿だけだ。
 「しかし狛村は顔を見せることを酷く嫌がる。まして写真として形に残るとなると全力で拒否されそうじゃからのう・・・。」
 「一護に頼ませてはどうでしょう?」
 「ふむ。一護の頼みなら或いは・・・。」
 「承諾してくれるかもしれません。一護に頼まれごとをされて拒否できるものなど少ないでしょうから。」
 着々と夜一と砕蜂の間で計画は整えられていく。
 一護のアルバムに狛村の素顔という貴重な写真が追加されるのは、そう遠い話ではないかもしれない。






15、Childish

 松本は珍しく久々に幼馴染の様子でも見に行ってやろうかと、ついでにその幼馴染にいつも苦しめられている同僚に慰めの言葉の一つでもかけてやろうかと思い立ち、書類を片手に三番隊への道を歩いていた。実を言うとそんなものは建前で、執務室にこもって書類とにらめっこばかりしているのが鬱陶しくなり部下の仕事を奪って逃走していたというのが事実なのだが。
 別に急ぎの仕事でもないなら少々サボっても構いやしないだろうという松本の持論を聞いたら、同じ十番隊で誰よりも仕事をこなしている日番谷は烈火のごとく怒り狂うに違いない。
 勝手知ったる、という風に、特に声も掛けることなく隊首室の扉を開け放つ。が、そこで松本はぴたりと動きを止めてしまった。
 「・・・何、これ。」
 元々お世辞にも綺麗とは言えなかった部屋がいつも以上に散らかっている。あちこちに書類が散乱していて足の踏み場さえない。しかもその紙には文書ではなく見覚えのある女性死神たちに人気のキャラクターたちが描かれていて、更にその上からクレヨンらしきものでぐちゃぐちゃとカラフルな色が塗られていた。
 ―――いつの間にやらこんなに面白い、否、すさまじいことに。
 ふと視線を転じれば、そのラクガキだらけの紙を整理している吉良の姿が目に入る。松本は出来る限り散らばっている書類の間を縫うように歩いてその傍へと近づいていった。
 「吉良。一体どうしたのよこれ。」
 「・・・松本さん。」
 顔を上げた吉良は疲れを見せてはいるものの、同時に苦笑のような穏やかな表情を浮かべている。市丸の仕事嫌いに悩まされ、普段なら死んだような顔色をしているか怒っているかの彼にしては非常に珍しい。
 「まさかとうとうギンが乱心でもしたの?」
 「いや、実はですね・・・。」
 その言葉が続く前に、小さな塊が吉良の懐へと飛び込んできた。
 一目で誰だかわかるオレンジ色の髪。斬魄刀に育てられ夜一が後見人になり、今や多くの死神たちから愛される黒崎一護だ。まさか三番隊に来ていたとは知らず、松本は目を瞠る。
 「イヅルさんイヅルさん!おれのほうがぜったいギンよりもうまいよね!!」
 頬を紅潮させて熱心にそう吉良に訴える一護の片手には、床に散らばってるものと同じく、ソウルキャンディーのキャラクターであるユキとパプルスのイラストが描かれていた。
 既にクレヨンで色が塗られていたが、両方とも見事に線からはみ出ている。
 「一護君はどっちを塗ったんだい?」
 「おれがユキぬったの!ギンがパプルス!」
 「ふーん・・・本当だ。一護君のほうが上手上手。」
 「でしょ!」
 褒められると同時に頭を撫でられて、一護は嬉しそうに笑う。
 しかしその後ろからぬっと長い手が伸びてきて、吉良の手にあった絵も一護も取りあげていった。
 取り上げていったのは勿論、三番隊隊長であり相変わらず食えない笑みを浮かべた市丸だ。
 「うっそやぁ。僕の方が絶対上手いわ。イヅル、贔屓しとんのとちゃう?」
 「おれのほうがうまいもん!」
 「・・・あら。アタシも一護のほうが上手いと思うわよ、ギン。」
 そこでようやく一護と市丸が松本の姿に気付く。二人ともお互いのことに夢中で周りのことは目に入ってなかったらしい。
 にへら、と一護は嬉しそうな笑みを浮かべた。
 「こんにちは、らんぎくさん。」
 「こんにちは、一護君。今日も可愛いわね〜。」
 「何や、来とったんかいな乱菊。サボり?」
 「・・・そしてアンタは全く可愛くないわね、ギン。少しくらい一護を見習いなさい。」
 「乱菊に可愛い言われたかて嬉しくないしなぁ。可愛いのは一護ちゃんだけで十分や。」
 すりすりと一護に頬擦りしている市丸の手から先程の絵を取り上げて、乱菊はそれをじっくり見つめる。本当なら一護も取り上げたかったのだが、一度腕に閉じ込めたら市丸は絶対に離すことなどしないだろうし、力では敵わないことを十分に知っていたので仕方なく諦めた。
 手元の紙の上では白色に目を塗りつぶされ黄色がはみ出しすぎて殆どがくちばしになってしまったユキと、濃い茶色を重ねられすぎた上に真っ赤な色で塗られた舌とその口周りが血を連想させるホラーなキャラクターになってしまったパプルスが並んで描かれている。どちらがましかと言われればまだ原型を留めている可愛らしいユキの方が断然マシだろう。
 「・・・アンタ、色塗りのセンスなさすぎだわ、ギン。何このパプルス!ソウルキャンディーのキャラクターは可愛さが売りだっていうのに、これじゃ衝撃映像じゃない!絶対一護君の方が上手よ!」
 「僕もそう思います。」
 「ほら!みんないちごのほうがうまいっていってるよ!」
 松本、吉良、一護の三人から猛抗議を受けて市丸の口がへの字に歪む。しかし何事か思いついたのかすぐにその顔は元の笑顔に戻った。
 「せや。違うキャラクターで勝負しようとするからアカンのや。今度は同じ、ギンノスケで勝負するで一護ちゃん!」
 「いーよ!ぜったいまけないもん!」
 そう決まるや否や、小さな子どもと大きな子どもはどたどたと向こうへ走っていってしまう。呆気に取られながら二人の姿を見守っていた乱菊は、再び吉良に視線を合わせた。
 「・・・で、この絵はどうしたの。こんな塗り絵みたいなの、どこにも売ってないわよね?」
 「そ、それは僕が・・・。」
 「アンタが描いたの?」
 「はぁ。一護君が退屈しないようにと思って。・・・でもまさか市丸隊長まで遊びだすとは思いませんでした。」
 墨で描かれたソウルキャンディーのキャラクターたちはどれも特徴を押さえておりよく似ている。それをまさか目の前の同僚が描いたとは思わなかった。しかしその隠れた才能ゆえに己の上司は仕事を投げ出してしまったのだから報われない。
 奥からは一護と市丸の楽しそうなやりとりが聞こえてくる。こうなればきっと市丸は一護が帰るまで絶対に仕事に手をつけようとしないだろう。
 「駄目よあの男は。子どもと精神年齢一緒なんだから。」
 「っていうか下手したら一護君よりも下ですよね。」
 「・・・そうね。」
 あまり嬉しくない事実に気付いて、松本と吉良は顔を見合わせて溜息をつく。絶対に彼を隊長に選んだ護廷の判断は間違っていたと思わざるえない二人だった。



16〜20話へ続く







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