掌中の珠 前編


※幼児化注意



 白い紙の上に愛想なく並ぶ文字たち。その一つ一つを目で追って、必要ならば書き込み、また署名をする。毎日繰り返される単調な作業は戦いを主とする死神の中に苦手な者も多いようだが、この作業も必要なものであるとわかっている白哉にとって苦ではない。
 それに―――視線を下に向ければオレンジ色の髪の毛と小さなつむじが見える。
 白哉の弟の、朽木一護だ。
 机と、それに向かう白哉の身体にすっぽりと隠れてしまう幼い一護の姿は、白哉にとって何よりの癒しであったし、また活力剤だと言えた。時折己の膝の上で一人遊びに興じる弟に視線を寄越しては、こっそり目元を和ませている。
 今日の一護は読書に勤しむことに決めたらしい。一生懸命絵本を読んでいる姿に、最近やけに忙しく手を離せそうにない白哉は安心する。同時に、放っておくことを申し訳なくも思うのだが。
 かといって家に置いてくることも可哀想でできない。白哉の屋敷にはそれこそ大勢の使用人がいるし誰もが一護のことを可愛がってくれているが、一護は白哉のことが大好きで大好きで、家に残されるくらいなら一緒に行って邪魔しないよう一人で遊ぶ方がいい、と言うのだ。
 目に入れても痛くないほど可愛い弟にそう言われ、白哉は表情にこそ表れなかったものの、内心大喜びである。その足ですぐさま山本に会いに行き、一護が将来有望な死神になりうる可能性を十分に秘めていることと聞き分けの良い素直で可愛い子どもだということを売り込み、それでも渋る山本に実際に一護に引き会わせてようやく仕事場に連れてきても良いという許可を得た。ちなみに山本はそれ以来一護を孫のように思い溺愛している。
 弟を伴い仕事に来るようになってもう半年ばかり経つが、実はそのことを知るのは許可を出した山本と、白哉の副官である恋次と、そして白哉の義妹であり一護の義姉であるルキア、この3人のみ。とりわけ隠しているという意識は白哉にないのだが、この広い護廷内を一護が彷徨って迷子になってしまえば困るので一護には外に出ないよう言い含めてあるし、白哉の隊首室に訪れようとする勇気のあるものはなかなかおらず、必要なことは恋次に伝え、恋次が隊首室に来て白哉に伝える、という状況が当たり前になっていた。もしくはたまに一護の様子を見に来るルキアくらいしか訪れない。
 よってごく僅かな人間にしか、一護の存在は知られていないのである。
 可愛い弟を見せびらかしたい欲求もあるが―――変な虫がつくのも困るのでまぁ強いて状況を変えずとも良いだろう。
 そんな事を考えながら休むことなくせっせと手を動かし、署名済みの書類の山が新しく2つほど積み上げられたとき。
 「隊長ー。これ追加でお願いします。」
 恋次が新たな書類を、それも白哉が今処理したもの以上の量を抱えて現れた。
 流石の白哉も、秀麗な顔を歪める。
 「・・・多いな。」
 「どうもどっかから手をつけてなかった書類が大量に発見されたっぽいッスね。マジ全員息つく暇もなくて死にそうです。」
 「迷惑な話だ。」
 しかし処理しない、というわけにはいかない。新たな書類を受け取って、代わりに処理済みの山を押し出した。
 「こちらはもう終わった。ああ、それと・・・。」
 途中別個に分けていた数枚の書類を取り出す。
 「他隊の書類が間違って混ざっていたらしい。十三隊に届けねばならぬのだが・・・暇は有るか、恋次。」
 「え〜っと・・・。」
 答えは聞かずとも、青褪めた顔色と泳ぐ目で言わんとすることはわかる。
 今現在どれだけ忙しいかは六番隊一の処理能力を誇る白哉にも十分身に染みてわかっていたのでそれを責められるはずもない。多分恋次の机の上も未決裁の書類の山が倒れんばかりに積み上げられているのだろう。
 となると多分、他の隊員も同じような状況のはずだ。
 「できればすぐにでも届けた方が良さそうな書類なのだが・・・。」
 後々暇ができるかも、などという希望的観測は白哉の好むものではない。十三番隊も忙しいだろうので取りに来いと言えるわけもないし―――さて、どうしたものか。
 悩む白哉の袖を、そっと引くものがあった。
 促されるままに視線を落とせば、先程まで本に夢中だったはずの一護の大きな目が白哉を写している。
 「俺が届ける・・・!」
 小さな口から飛び出た思いがけない言葉に白哉は目を見開いた。
 「一護?」
 「兄様も恋次も忙しいんでしょ?俺暇だから届けるよ!」
 正直、猫の手も借りたいほど忙しい状況の中、その申し出は嬉しい。とても嬉しいのだが。
 ・・・先にも言った通り、こんなに可愛い子を一人で外出させてよいものかどうか不安だ。
 しかしそろそろ”はじめてのおつかい”なるものを経験して一護の成長を促すことも大事かなどと考えていたからある意味これは好機。迷ったとしても護廷の中なら白哉に探せぬはずもないだろう。
 それに何より。
 「兄様・・・俺じゃ駄目?」
 期待一杯にキラキラした目でこちらを仰ぎ見る一護に逆らうのは、白哉にとってかなりの精神力を要するのだ。
 無表情の下延々と悩み続けている白哉の心情を察したのか、恋次がそっと口を挟む。
 「十三番隊なら真直ぐ歩いて着くし、それにルキアがいるんだから大丈夫なんじゃないッスか・・・?」
 「・・・・・・。」
 確かに、恋次の言う通りだ。
 それに、やはり室内にずっと閉じ込めているのは可哀想だろう。これも社会勉強、一護のため、と必死に己に言い聞かせ、膨らみ続ける不安を必死で御した。
 持っていた書類を一護に預ける。
 「では・・・この書類はお前に頼むことにしよう。」
 「うん!」
 パァッ、と広がる満面の笑み。白哉が最も気に入る顔を見せられて、少しだけ気分が上昇した。
 「十三番隊は廊下を真直ぐに行けばいい。扉に”十三”と書かれているからお前にもわかるはずだ。ルキアがいるはずだからこの書類を渡してすぐに帰るか・・・できればルキアにここまで送ってもらえ。」
 「あ、それと一護。変な奴についていったら駄目だぞ。お菓子をくれるって言われても無視しろ。」
 「そうだな。とにかく余所見はせずにその書類を届けて、真直ぐこの部屋まで帰って来るんだ。」
 「うん、わかった!」
 その他にも細々とした注意を二人で与える。やはり日頃から何かと一護を構っている恋次も心配らしい。
 それもようやく終わり、一護は大事そうに書類を抱え、隊首室から二人に見送られ十三番隊へと出発した。
 「気を付けて行ってくるのだぞ。」
 「何かあったらすぐ呼べよ!」
 「はーい!いってきます!!」
 こうして一護の”初めてのおつかい”は幕を開けたのである。






後編へ続く







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