「一護受15TITLE」(配布元




<3>




 最近一護が瀞霊廷に顔を見せない、ということを聞いたのは、赤髪の後輩であり今は同僚にあたる人物からだった。
 「別にあいつは現世の生活があるからそっちが忙しいからかもしれないんだけど、でもちょっと長ぇよなーって、ルキアが寂しがってたんスよ。」
 そういう恋次こそ、心ここにあらずという顔をしている。檜佐木は一護のことを無節操に人を惹き付ける奴だな、と考えながら自分もその中の一人であることを思い出す。
 だが、例えその大勢の中の一人であっても、今一護が瀞霊廷を顔に見せない理由は間違いなく自分だろう、と考えると少し気分がよかった。
 馬鹿げた自己満足である。
 しかしこのまま一護が瀞霊廷に来ないままでは困ったことになりそうだ。大体、自分もそろそろ顔が見たくて仕方がない。
 そう考え、檜佐木は滅多に出歩かない性質であるにも関わらず、珍しく自主的に現世へと赴いた。




 * * *




 一方、一護は。
 気楽な学生時代にしかできないサボタージュというものを屋上にて一人決行中である。どうしても落ち着いて授業を受ける気にはならず、誰にも言わずにこんなところに来てしまった。
 もう二週間、瀞霊廷には行っていない。
 あのとき、檜佐木に言われたことは出来る限り考えないようにしてきた。それでもそうしようとすればするほど、一護の中で中途半端な感情が溜まっていき、その曖昧な形で膨れ上がったものに耐え切れなくなり、こうして屋上で冷静に考えてみようという答えに行き当たったのである。
 中途半端に逃げても、自分が辛いだけだ。
 なーんで俺があの男にふりまわされてこんなに悩まなくちゃいけねーんだろうなぁ、と思いながら、一護は最近精神安定剤の代わりになっているチョコレートを齧った。
 檜佐木修兵という死神についての知識を一護はあまり持ちえていない。それも当たり前だ。直接会ったのは2回しかないし、その両方とも短い時間である。
 そして檜佐木も同様に、一護に対する知識はあまりないだろう。噂などで少しは一護のことを聞いてるかもしれないが、実際に会って話したのは同じく2回である。
 それなのに、一護に一目ぼれしたなんていうらしい。それと同時に縛るとか連れ去るとか監禁とか、何とも不穏当な言葉も言われたが。
 得体が知れない男だと思う。
 檜佐木修兵という男はいちいち自分の知っているパターンというか、こうあるべきという枠にはまってくれないのだ。一目ぼれしたという割には冷たい反応を見せ、冷たいと思った割には、静かに激情をちらつかせる。理知的に見えていたのに単純なところを見せ、それなのにちっともわからない。
 あの男の口は自分を混乱させる言葉を吐くために作られたのでは、と本気で思った。そうして一護に恐怖を感じさせるためにあるのでは、と。
 未知のもの、というものは誰にとっても恐怖の対象でしかない。
 (何なんだか・・・。)
 誰か答えをくれ、と思いながら―――誰にも相談できないことであることは十分に理解した上で―――一護は晴れやかな空を仰いだ。

 その瞬間、心臓が止まりそうなほど驚く羽目になる。

 自分の真上に、今まで考えていた男が浮いていたからだ。

 「・・・よお。」
 暢気に挨拶してんじゃねーよ、と半ば恨みがましく一護は檜佐木を睨んだ。全く何だってこの男は自分を心の平穏から遠ざけるのか。
 考えたはいいがいまだ答えなんて出てきてないのに、現れられたって困ることしかできない。無意識の内に現世にいれば安全だと考えていた己の迂闊さに舌打ちしたい気分だった。
 間近に降りてこようとする檜佐木から身体が逃げてしまったのは、本能的な恐怖からだ。檜佐木はその様子を見て少し思案し、一護からだいぶ離れたところに降り立つ。
 「・・・お前が望むんならこれ以上近づかない。だから少し話をさせろ。」
 命令するな、と思った。思っただけで口には出さない。喉がからからに渇いていた。
 話をさせろ、と言ったわりに檜佐木はいつまでたっても口を開かない。相手が何か言うまで待つつもりだった一護は、けれども痛いほどの沈黙に耐えられずわずかに身じろぎをする。
 何でもいいから、早く用事を済ませて欲しいのに。
 一護の意図が伝わったのかどうか、暫くして檜佐木はようやく口を開いた。
 「・・・好きなのか?」
 驚いた。何を問われているのだろうと、まさか一護が檜佐木のことを好きなのかとかふざけたことを聞いてるんじゃないだろうな、と考えて一護はまじまじと目の前の死神を凝視する。
 「それのことだ。手に持っている、菓子。」
 指差されて、納得した。いまだ手の中にある板チョコは、緊張した一護の体温に包まれて、少し柔らかくなっている。
 とりあえず頷くと、初めて一護は彼の表情が変化するところを見た。
 「ガキ・・・。」
 呟かれた言葉は常の一護ならまず噛み付くものであるにもかかわらず、一護はそんな声が頭に入ってこなかった。それどころではなかった。今まで鉄面皮だと思っていた檜佐木の顔が、笑った、ように見えたからである。
 本当に微々たる変化だった。ほんの少し目尻が和んで口端が持ち上がる。注視していたからこそ見分けられた、些細な笑みだった。
 動揺、した。
 「あ、んた・・・、そんなこと言いにわざわざ来たのかよ。」
 自分が何故動揺したのかわからず、それから目をそむけるために、一護は檜佐木に話しかけた。
 「いや、俺の用件は恋次からの伝言を伝えるためだ。"お前が来ないからルキアが寂しがってる"だとよ。」
 修兵は別に恋次から伝言しろと言われたわけではない。けれども、それを伝えたほうが一護が動きやすかろうと考えて言っただけだ。ただし、恋次も寂しがってるとは言わなかった。生憎敵に塩を送る余裕はない。
 「誰のせいで行けなくなってると・・・。」
 「俺の所為だだろう?」
 恨みがましい呟きに、平然と檜佐木は答える。途端強くなる視線に、檜佐木は先程よりももっと明確な笑みを浮かべた。
 「お前が来れなくなってる理由が俺だということで喜んだ―――と言ったら、お前は笑うか?」
 伝えると、一護は虚をつかれたような顔をした。次いで、みるみるその顔が赤く染まる。
 一護は本当に動揺していた。今まで表情らしい表情をしなかった檜佐木の笑顔に。何だか、今までと違い一護が理解できる範囲での反応を示したものだから。
 「・・・ッ誰が笑えるか馬鹿ヤロウ!!」
 「そうか。お前が笑ったところを見たかったんだが。」
 「知るか、んなもん!」
 性質が悪い性質が悪い性質が悪い。
 何となくわかってしまった。この男は多分単純だ。単純なくせに複雑に見えたのはそれがあまり外に現れない、少なくともわかりにくいものであったからだ。
 (だー!もう、チクショウ!)
 何だか怖がっていた自分が馬鹿らしくて腹がたった。いや、本音を言えばまだ理解できない部分もあるし怖い気持ちもあるのだが、少なくともそう邪険にしなくてもいいんじゃないかと、思えるくらいには自分の中で檜佐木の印象が変わったようである。
 たかが、笑顔一つで。
 別に喧嘩をしたわけでもないのに、負けてしまった気分だ。
 「・・・一護。」
 「な、何だよ。」
 唐突に名前を呼ばれた。そういえば名前を呼ばれるのは初めてのことだ。更に動揺が酷くなる。
 「触っても、いいか?」
 乞われたら、反射的に身体が逃げた。そんな一護の様子に檜佐木は苦笑する。
 まるで思いっきりびくついてます、と思われかねない自分の態度に、一護は赤面した。いや、事実びくついてはいるのだが。
 (だって触ってもいいかって・・・!)
 どの程度までと考えれば良いのか。これが普通の場面ならあまり一護も深くは考えないが相手は檜佐木であり一護に告白してきた男であり顔に69なんて恥知らずな刺青を入れている男だ。何かエロイ。無駄にエロイ。
 「・・・手ぇ出せ。握手するだけでいい。」
 本当だろうな?と思いつつおずおずと自分の右腕を差し出す。
 檜佐木は一護を驚かせないよう、極力ゆっくりとその手を握った。
 男同士の掌だ。オマケに二人とも刀を振るうもの同士、その掌は固い。けれども、檜佐木は初めて触れた一護の感触にいたく満足した。このところ身体の中で一護への激情がのたうちまわっていたのが、少しだけ和らぐ。
 対して一護はもう心臓が破裂寸前である。檜佐木が、一護の手を握るや否や、ひどく満足そうに笑うのを、真正面から見てしまったからだ。そのとき改めて一護は、檜佐木が自分を好きだといったことを理解した。
 "お前に一目ぼれした"といった男の言葉が頭の中に浮かび上がる。
 「〜〜〜〜〜!」
 (はっ・・・恥ずかし・・・!!)
 たとえ現世に生きながら死神の仕事を兼業、なんて誰もやったことのない経験をしている高校生でも、恋愛方面の経験は皆無に等しい。免疫のないことに、頭の中が沸騰しそうになる。
 できればもう離して欲しかった。恥ずかしくてたまらないから、逃げさせてくれ、と。その声は喉元まで出掛かっているにも関わらず、檜佐木が嬉しそうに笑う顔を見ると、結局何も言えなくなってしまう。




結局、戻ってこない一護を心配した水色たちが屋上に探しに来るまで、ずっと手を繋いでいた。



<4>に続く







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