「一護受15TITLE」(配布元




<4>



 このところ一護は不機嫌だった。歩きながら殺気立った霊圧を遠慮なく放たないではいられなかったし、どうしようもなくイライラする。そんな一護の様子を見て「もしかしてお前・・・あの日か?」なんていうくだらない冗談を言った恋次は遠慮なく半殺しにさせてもらった。
 だって、どう考えても、おかしいのだ。
 2週間休んで以来、一護は結構頻繁に瀞霊廷に訪れている。その数はもう両手で数え切れないほどだ。それだけ来ているにも関わらず―――。
 会わないのだ。檜佐木修兵に。
 最初の3回くらいは正直安心していた。会ったところで何を話していいのかわからないだけだし、自分はみっともなく慌てふためくしかできないだろう。会わずに済むならいいことだ、と。
 それから回数が増えるにつれて、何だか会ったとき何を話せばいいのかとか角を曲がるたびにそこに檜佐木が立っているんじゃないかなどと緊張していた自分が馬鹿みたいだな、と思い始めた。苦笑していれば済んだ。
 ただそれが流石に2桁に突入すると―――。
 おかしい、と思わざるえない。もしかして、いや、多分確実に避けられている。
 一護が瀞霊廷に来ているのを、檜佐木が気付かない筈は無い。霊圧のコントロールを未だに習得できない一護は、瀞霊廷のどこにいても居場所がすぐわかる、と他の死神たちによく言われるし、現に檜佐木は一護を待ち伏せしていたことだってあった。
 つまり檜佐木は一護が瀞霊廷に来ているのを知っていながら、無視していることになる。
 無性に腹がたった。勝手に告白して勝手に会いに来て、今度は勝手に避けられた。何て自己中心的な男なんだ、と。そしてそんな男に振り回されている自分が馬鹿みたいでイライラして仕方がない。
 延々とあの男のことについて腹をたてているのに更に腹が立つ。ましてこれ以上周りに八つ当たりじみた迷惑をかけるわけにもいかない。
 そう考えて、一護は自ら九番隊に赴くことを決意した。
 正直、檜佐木に会うのはまだ怖い。まして屋上での邂逅以来、気恥ずかしい、というオプションまで追加されている。そんな状態のまま会ってどうにかできるとも思わないが、それでもこの中途半端な状況が許せなかった。
 何か納得の行く理由を聞かなければ気が済まない。例えそれが―――自分に、飽きたとか、勘違いだった、とかいう理由でも、構わないから。
 (そん時は確実に一発ぶん殴るけどな!)
 かなり危険なことを考えながら、一護は足音も荒く九番隊へと向かった。




 * * *




 「君がここに来るのは珍しいね。」
 「はぁ・・・。」
 着く直前まで一護の身体の中を暴れまわっていた怒りは、目の前の人の空気にあっさりと一掃されてしまった。九番隊隊長東仙要―――その人である。
 盲目の隊長は常に穏やかな空気を身に纏っており、争いごとを嫌う気性は一護も個人的に好感を持っていたし、尊敬もしていた。そんな相手に笑顔でお茶と菓子を勧められ、向かい合いながらのどかに世間話でもされれば、もう観念して肩の力を抜くしかない。
 「それで・・・今日は何かあったのかい?」
 「ここの隊の副隊長に用があったんですけど・・・。」
 自分が腹をたてていたことさえ東仙の雰囲気に忘れさせられそうになるが、さすがにその目的だけは忘れるわけにはいかなかった。
 「修兵に?彼なら今でかけているよ。」
 忘れるわけにはいかない、のだが。本人がいなければ目的を果たすことはできない。東仙の言葉に、一護はがっくりと肩を落とした。
 「大事な用事だったのかい?悪かったね。無駄足を踏ませてしまって。」
 「いや・・・俺が勝手に来ただけなんで。」
 折角怒りに任せて会いに来たというのに。まさかそれすらも察知して逃げたんじゃないだろうな、と一護は余計な想像をしてしまう。
 何だか全てが無意味に思えて悲しくなった。
 檜佐木がいないという以上ここに一護がいる理由がない。東仙に礼を言って立ち上がろうとしたそのとき。
 「・・・いや、無駄足にならずには済んだようだよ、黒崎君。」
 「え?」
 「修兵の霊圧だ。帰ってきたんだね。」
 ぎくり、と一護の身体が強張る。言われてみれば確かに、霊圧を探るのが苦手な一護でさえ感じ取れるほど近く、檜佐木の気配がある。
 会いに来たというのに、どうしても気配を感じれば緊張した。いないと思い気を抜いていたから尚更。しかしそれではいけないと己を奮い立たせる。
 「・・・東仙さん。」
 「何かな?」
 「アイツちょっと貸してもらっていい?」
 もう檜佐木の霊圧は一護と東仙が話している部屋のドアの前まで来ている。それ以上動こうとしないのは、一護の霊圧を察知したからだろうか。
 「それは構わないけど・・・。ほどほどに頼むよ。」
 含みを持たせた最後の台詞に、もしかしたら東仙はいろいろ勘付いているのかもしれない、と思う。ただでさえ一護の何倍も生きている死神たちは経験地の高さからか、妙に察しがいい。
 一護は東仙に頷いて立ち上がり、檜佐木と自分を阻むドアを開けた。
 ドアの前に立ち竦んでいた檜佐木は複雑そうな表情をしていた。その顔を見て一護は自分の予想が外れていなかったことを確信する。
 「・・・じゃ、借りていきます。」
 「行っておいで。」
 東仙に一礼してドアを閉めると、一護は檜佐木の腕をとり、すぐさま歩き出した。檜佐木はまだこの事態に混乱しているようだったが、抵抗はない。それをいいことにずるずると引きずっていく。
 言いたいことはまだまとまっていない。消化不良の言葉たちがぐるぐると身体の中を回っているだけだ。
 ある程度九番隊から離れると、とりあえず人気のないことを確認してから檜佐木に向かいあう。目が合うと、檜佐木は呆然とした顔をしていた。
 久しぶりに見る顔に、何だかわけもなく悲しくなる。
 とにかくここ数日間たまりにたまった文句を言おうと口を開きかけたら、強い力で腕を引かれた。唇に何か触れたことを認識すると同時に、そのまま檜佐木の腕の中に抱きしめられる。
 「くそっ・・・何て顔しやがるお前・・・。」
 耳のすぐ横で聞こえる声に反射的に身を引きかけたが背中に回った逞しい腕にそれは阻まれた。触れたところから感じる檜佐木の感触が知らず頬に血を昇らせる。
 「性質悪ぃ・・・。」
 「なっ・・・!性質悪いのはどっちだよ!てめぇ俺のこと避けてやがったな!!」
 お互いの肩に顔を埋めているお陰で、今の赤くなった顔を見られることなく済んでよかった、と心底思った。そしてそれを誤魔化すために大声を張り上げる。
 そうでもしないと、恥ずかしさやわけのわからない感情から、震えてしまいそうだ。
 「・・・だってお前、俺が近づくと怖がるだろう。」
 「あぁ?」
 「だから折角会わないようにしてたってのに・・・。」
 思い切り腹がたった。絶対コイツ後で一発ぶん殴る、と一護は心の中で決意する。
 「てめ・・・マジで殴らせろ。」
 「何故だ?怖がってるのは事実だろ。」
 「怖ぇよ!悪いかよ!アンタがわけわかんねえからだろ!!」
 「? わけがわかんねーことなんかした覚えがないが。」
 「そーだよ!どーせ俺が一人で怖がってるだけだよ!!ああもうアンタマジでむかつくな!つーか何で俺はアンタに抱き締められなきゃいけねーんだ!離せコラ!」
 バタバタと暴れて腕を突っぱねて檜佐木から離れようとするが、檜佐木の力のほうが圧倒的に強くてうまくいかない。
 それどころか更に強く抱き締められて、ますます密着してしまった。
 顔が、熱い。
 「騒ぐな暴れるな。・・・他の奴が来るだろーが。」
 そう言われれば、大人しくすることしかできなくなる。流石にこんな風に男に抱き締められて顔を赤らめている現場を誰かに見られたくはない。心の中では悪態を散々吐きながら、一護は動きを止めた。
 一護の動きが止まったのを確認してから檜佐木の手が動く。何、と思っているうちに大きな両の手で頬をくるまれた。そのままやんわりと、しかし決して抗えない強さでもって顔を上に向けさせられる。
 檜佐木の顔が、鼻先が触れそうなほど間近にあった。
 ひくり、と喉がひきつる。ますます頬に血が上ってきっと今自分の顔はこれ以上赤くなりそうにないくらい、色づいているに違いない。
 だから顔を逸らして隠れてしまいたいと思うのに、檜佐木の目に射抜くような強さで見つめられ、指一本すらも動かすことができなかった。
 「・・・俺はお前に近づいてもいいのか?一護。」
 ひっそりと囁かれる言葉が胸の奥にと浸透していく。同時に、相変わらずの無表情なのに、何かを切実に乞うような檜佐木の表情も。この言葉に頷くことがどんな意味を持つのかわからないではなかったが、それでも。
 「勝手に避けられるよりはマシだッ・・・!」
 吐き捨てるように言った。声を震わせないようにするのがやっとだった。考える余裕もなく口にしたそれは、紛れもない一護の本心だ。
 檜佐木は一護の言葉を受けると、まるで子どものように嬉しそうに笑った。そうすると目の近くに独特の皺がよるのだと一護は初めて気付く。
 嫌いではないと思った。
 そう、嫌いでは、ない。こういう風に、表情を見せる男は。
 とにかく言いたいことは言ったし、檜佐木にも伝わったはずだ。一護は疲れと安心で目を閉じた。
 それを合図にしたかのように、柔らかいものが唇に押し当てられる。
 時間にすれば1〜2秒程度のささいな接触だった。けれども、慣れない感覚に一護は慌てて目を開け、檜佐木の顔を凝視する。多分、今のは―――。
 今のは?
 驚いて固まってる一護から手を離し、檜佐木はそのまま半歩後ろに下がった。今まで密着していた檜佐木と一護の間に距離ができる。
 「・・・仕事があるから、戻る。・・・またな。」
 そうして、いまだ状況を把握できていない一護を置いてあっさりと踵を返すのだ。まるで先ほどの接触などなかったことのように。けれども、一言次に会うための挨拶を残して。
 檜佐木の姿が視界から消えて、一護はようやく唇に押し当てられたものが何であったに思い当たった。多分、そう、よく考えてみれば、抱き締められた時にも、間違いなく同じ感触があったような気がする。
 「・・・う、わ。」
 今頃になって、恥ずかしくなってきた。一護は赤い顔を自分の腕で覆ってその場に座り込む。


 とりあえず、次にあったら檜佐木のことをぶん殴ろうと、誓った。



<5>に続く







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